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13.悪夢と優しさ



「…はぁ。ひどい目にあった……」


運んできたハンモックに倒れ込むと、思いのほか揺れた。

ヴァンスのあとから部屋に入ってきたアルバートが声を聞きつけ、


「ヴァンス、あまり思い出させないでくれ」


「…やらせといてそれはないだろ……」


あんまりな言葉に力なく抗議すると、アルバートは「冗談だよ」と真顔で返してくる。どこまで本気なのか、正直判断できない。


「……」


「……」


何を話して良いか分からず、ヴァンスは早々に寝ることにした。毛布を引き寄せ、無理矢理瞼を閉じるとあっという間に意識は沈んでいった。







寝息を立て始めたヴァンスを見つめ、アルバートは吐息をついた。

今日は、ヴァンスに気を使ってもらってばかりだった。

彼に打算などあろうはずもない。ヴァンスは、ただ優しいだけなのだ。

───彼だけではない。この家族は、皆そうだ。

口では何も言わないかわりに、何気ないところで手を差し伸べてくれる。


ひどく、胸が苦しくなる。

心の奥底にあるものを、全てさらけ出してしまいたくなる。

───だが、それは許されない。

救われる資格がないからではない。

アルバートが救いを求めれば、ヴァンス達は心から心配し、慰め、労ってくれるだろう。

───だから、縋るわけにはいかないのだ。

優しくしてくれるのは嬉しくもあり、辛いことでもあるから。


ベッドに横たわり、天井を見上げる。

昼間あれだけ寝たはずなのに、睡魔はとどまることを知らず、アルバートを包み込んだ。


───突然、心臓をつかまれたような圧迫感が襲った。

金縛りにあったように体は動かず、暗闇の中に置き去りにされる恐怖が全身を駆け巡る。


ああ、これは。

ここしばらく忘れていた、悪夢の前兆だ。


何百と、何千回と見た後悔の記憶。


自然と呼吸が荒くなる。夢だと言い聞かせても、心拍は跳ね上がっていく。

アルバートに苦痛を強いる時間が、始まる。


生い茂る草を踏みしめる感触、湿った空気の匂い、前へ前へと己を駆り立てる焦燥感。

───全てが明瞭に感じられて、かえって恐怖を膨れ上がらせる。

叫びたいのに、声が出ない。

止めたいのに、地獄を見たくないのに───


また、来てしまった。


自分以外が倒れ伏す光景に。


「……っ」


口からは掠れた呼吸音しか出なかったが、心の中では叫んでいた。


カレン。レオ。ルイ。


「───アル、バートの言った通りに、すればよかった」


数千回、アルバートはカレン達を殺した。無力さを痛感した。

腕の中で、魂の抜け落ちた体が硬直していく様子を見た。

今日も、変わらない。何もできないまま、彼女の、最期の言葉を───



アルバート。



誰かの声が、アルバートを呼んだ。



───アルバート!




「はぁ……っ」


目を開ける。見えたのは、カレンのオレンジ色の髪ではない。

暗闇でもほのかな光を放つ金髪と緑の瞳。ぼやけた視界で認識した瞬間───


「ア、アルバート?」


「───ぅ、く」


アルバートは、ヴァンスに縋りついていた。

情けない。みっともない。眠りにつくまで考えていたことをもう忘れてしまったのか。

───これ以上、優しくされるわけにはいかないと、そう思っていたのではなかったのか。

自問自答を繰り返しながら、震えが止まらない。

恐怖故ではない。逆だ。

安堵、してしまったのだ。

何年たとうと鮮明によみがえってくる悪夢から覚めて、目の前に心配そうな顔があったことに、アルバートは安堵した。

───無言でそばについていてくれる優しさに、救われた。

辛かったはずの優しさが心地よくて、ヴァンスが拒絶しないのをいいことにアルバートは長いこと、そのままでいた。







うなされていたアルバートを起こし、いきなりしがみつかれたときは驚いた。それだけ、彼に余裕がなかったのだろう。次第に呼吸が落ち着いてきて、ヴァンスは可能な限り柔らかく声をかけた。


「落ちついたか?」


「……すまない」


「いいよ、別に。……っていうかこれ、普通男じゃなくて女性の役目なんじゃ」


「───。言わないでくれ、ヴァンス。……それに、今更だがジュリアには…見せたくないんだ」


確かに、大切なひとの前では弱いところを見せたくない、という気持ちはヴァンスにも存在する。

分からなくはないけど、と言おうとしたとき、思わぬところから声がした。


「───本当に今更」


振り向くと、いつ入ってきていたのかジュリアが腕を組んで立っていた。


「な……いつから……」


動揺するアルバートの前までやってくると、


「最初から。声が聞こえて、何かあったのかなって見に来てみたの」


見れば、寝間着姿のステラも部屋を覗き込んでいる。


「声が聞こえたって、寝てなかったのか?だいぶ遅いぞ?」


「う……は、話が止まらなかったの!」


ぷいと顔をそらしたジュリアは再びアルバートに目を向けた。


「見せたくないって……私にも心配させてよ。───アルを支えさせて」


「で、でも……」


「でもじゃない。だって、それが結婚でしょ?夫婦になるってことでしょ?」


正論を重ねられ、アルバートはたじたじだ。

…こういうとき、男は女性に敵わないとしみじみ思う。


「厳密に言うとまだ結婚してないけど、私にはアルしかいないの。───もっと、あなたのことを知りたい。たとえ弱いところを見せられたって、失望したりなんてしないよ」


ジュリアの微笑みとともに紡がれた言葉に、当事者でないにもかかわらず泣きそうになった。アルバートも顔を隠すようにジュリアの肩にこつんと額をぶつける。彼の背を、そっと撫でるのが見えた。


ほっとしたと同時に忘れていた眠気が戻ってきて、ヴァンスはハンモックに座ろうとし、ステラがすでに腰掛けていることに気付いた。


「ん…ヴァンス……」


隣にいくとステラは半分以上閉じた目でヴァンスを見、ふにゃふにゃ言いながらもたれかかってきた。普段から早寝早起きなステラだ、長時間の馬車での移動もあって起きているのが限界だったのだろう。


「おやすみ、ステラ」



───結局全員がヴァンスの部屋で寝てしまい、朝誰も起きてこないことを訝しく思った母が様子を見にきて絶句したのは余談である。

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