8.この佳き日に
「結婚────────⁉」
翌日。朝の食堂に、ヴァンスの大声が響いた。
目の前では、ジュリアとアルバートが寄り添って立っている。
寝ぼけまなこで下りてきて、告げられたのがそれだ。ヴァンスより先に起きていたステラやレティシア、シエル達も初耳だったようで、驚きと喜びに目を輝かせている。
頬を染めるジュリアから視線を外し、ヴァンスはアルバートを見た。
昨日の午後、やけに嬉しそうだったのはこれか。
「…ほんとは、昨日言おうと思ってたの。でも、みんなに聞いてもらいたかったから」
「昨日はステラが寝てたからな」
正確には動けなかったから、だ。
ステラは二時間くらいで目を覚ました。だが、動くことができず、ずっとヴァンスが付きっきりだったのだ。
「それで…お兄ちゃん……」
「───良かったな、ジュリア」
何か言おうとするジュリアを遮り、ヴァンスはお祝いの言葉を口にした。
───この二人が両片思いなのは、はっきり言って分かりやすかった。なかなか縮まらない距離に何度やきもきさせられたことか。
ジュリアの性格からして、告白したのはアルバートだろう。
気が強いようにみえる彼女だが、これで意外と脆いところがある。
感情移入しやすいし、困ってたり悩んでいたりする人が近くにいれば、励まさずにいられない。その結果、いろんなことを抱え込んで。
上辺は何でもないふうをよそおって、でも全然隠しきれてなんてなくて。
ああ、本当に。───どこかの誰かにそっくりだ。
アルバートが、自分から伝えたことにも素直な驚きがある。
彼は、自分が幸せになるわけにはいかないとまで思っていたはずだ。アルバートの父と友人達が残した影が、彼を責め苛んでいた。
だからこそ、ヴァンスは彼と話をした。
自分を大事にしろと、ジュリアにこうも悲しい顔をさせるなと。
それが、躊躇うアルバートの一押しになったのなら。
───ヴァンスがかけるべき言葉は、ひとつでいい。
「ジュリアを、頼んだ。───絶対に幸せにしろよ」
「約束するよ。それだけは、必ず」
一歩足を踏み出し、彼の胸を小突く。兄としての想いの分だけ重い拳を受け止め、アルバートは厳かに頷いた。
無駄に責任感の強い奴だから、きっと大丈夫だ。…責任に潰れなければいいが。
「ってことは、俺とお前は家族になるってことだな」
「言われてみれば……ヴァンスは僕にとってお義兄様になるのか」
「……なんか、背筋がぞわっとするな、それ」
「僕もそう思ったよ」
大体、アルバートのほうがヴァンスより五歳も年上なのだ。年上の相手に『義兄』と呼ばれるのは些か落ち着かない。
「…さてと。結婚するとなれば、一度挨拶に行かないとな。───ステラの両親に会いに行くって約束したし、色々兼ねてあっちへ帰るか」
「アルはうちの親には会ってるんだよね?」
ここまで黙っていたジュリアがアルバートに話しかける。すると、アルバートは慌てた様子で、
「ジュリ…ア!その呼び方は……!」
「え……あ、そっか」
ジュリアも口を押さえるが遅い。全員がしっかりと聞いた。
「お前ら…いつの間に愛称で……」
「こ、これは……」
「恥ずかしがることないって。───なあ、『アル』さんと『ジュリ』さん?」
ヴァンスは、アルバートが『ジュリ』と呼んで誤魔化したのを聞き逃さなかった。
微笑ましいやら何やらで、不思議な気分だ。
もうしばらく見ていたい気もしたが、残念なことに時間は有限だ。
「二人を見てるのも良いけど、今後の予定を話し合おう」
───朝食を食べながら話し合った末、明日の早朝に出発することになった。まずはヴァンス達の家に行き、日を改めてアルバートの母親に挨拶する、という流れだ。
ついでに騎士団のほうにも顔を出し、ステラを正式に巫とするための儀式について、検討しようという話になった。
「移動に半日。往復で一日かかる。忙しない旅にはしなくないから、三日…いや、四日にしとくか」
「だけど…そんなにあけたら……」
「───施設のことは、私に任せてください」
顔を曇らせるジュリア、彼女の不安を払拭したのはレティシアだった。
「ジュリアがいない間、私が家事をします。だから、ジュリアは安心して行ってきてください」
レティシアの微笑みに、ジュリアは唇を震わせ、
「レティ……ありがとう」
彼女のおかげで、問題は解決した。あとは───
「お前の覚悟次第だ。…父さんはジュリアのことになると目の色変わるからな」
「───覚悟なら、既に決まっているよ。ジュリアと、共に歩むと決めたときから」
まあ、アルバートの場合は両親に気に入られているから多分問題ないだろう。多分。確証はない。
「一緒に行くのは、ジュリアとアルバート、俺とステラ……シエルとサラはどうする?」
「私は…ここに残ります」
「わたしも、のこっててつだいする!」
「そっか。───シエル、無理はするなよ。……サラも頑張ってな」
二人に声をかけると、ヴァンスは食べ終わった食器を重ねて立ち上がった。明日にむけて、支度をしなければならない。
時間がないが、ヴァンスの表情は晴れやかだった。
やっと、結ばれたのだ。
この佳き日に、幸せが長く続くことを願って。
そして───
大切な妹と、大切な友人の婚約を、心から祝福しよう。