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6.嫉妬に狂った歯車



───本は初代(かんなぎ)が書いたものらしかった。

祝詞などが記されているほか、儀式の行われた日付までもが細かく記載されている。

だが───


「何で巫っていう役職ができたのか…そのあたりは、書かれてないのか?」


シエルは無言で本を開く。最初の数ページが、乱暴に破られていた。


「このとおり、破られていて読めないのです」


「自分で破ったか、破られたか…」


今となっては分からないが、読めない部分に書かれている内容がヴァンス達の求めるものだろうということは用意に想像がついた。


「どうしようもない、よね…」


期待があっただけに落胆が大きい中、ステラが立ち上がった。


「ステラ……?」


ステラは無言のまま本を自分の方に引き寄せると、ヴァンス達の視線に頓着せず、指で宙を撫でた。

───透明な紙に書かれた文字を、辿るように。


「よ、読めるのか……⁉」


「ぼんやり…とだけど、読める。……ジュリア、白い紙を数枚お願い」


文章を書き出すのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。ステラはジュリアから紙を受け取ると、千切れているページの上にのせた。


不意に、どこからともなく風が巻き起こった。

ワンピースの裾がはためき、長い髪がふわりと舞う。

差し込んでいた太陽の光が粒子となって宙を漂い、ステラの整った顔を照らし出した。


「文字が……」


瑠璃色の光が紙の上を踊り、次々と文字を刻んでいた。

最後の行に達した光は紙全体を輝かせ、あまりの眩しさに目を閉じた。強い光に網膜が焼かれる痛みを味わい、ヴァンスは手で目を覆う。


唐突に、光は消えた。薄く滲んだ涙を払い、何度か瞬きをする。


───本は、破られた事実などなかったように、綺麗に復元されていた。


「…凄いな……」


驚きからさめやらぬまま、本をじっと見つめた状態から動かないステラに呼びかけようとしたとき、彼女の上体が揺れた。


「ステラ!」


慌てて彼女を支え、椅子に座らせると、ステラは汗を浮かべて言った。


「…ごめん…復元したの、初めてだったから……」


「喋らなくていい。…手、冷たいな」


額に浮かんだ汗とは裏腹に、彼女の体は冷え切っている。触れた手は微かに震えていて、ヴァンスは自分の肩に寄りかからせ、少しでも温まるようにした。


「俺が、初めて竜の力使ったときに似てるな……」


「初めて、力を……そのときはどうなったんだ?」


「とにかく寒かった。俺はすぐぶっ倒れたけど、起きたときも全身が重くてさ…」


多少の違いはあれど、前後を見れば原因が同じであることは明白だ。

つまり───


「慣れない力を使ったから…ってとこか」


顔を覗き込むと、ステラは目を瞑っていた。そっと体を引き寄せ、己の腿の上に彼女の頭をのせる。


「ステラを別室で放置しておきたくはないから、俺が見てるよ。───シエル、ステラが復元してくれた部分、読み上げてくれないか?」


心配そうにこちらの様子をうかがっていたシエルに声をかけると、少女は白い髪を揺らし、口を開いた。


「では。…『私は、全てにおいて満たされていた───』」




私は、全てにおいて満たされていた。

誰もが珍しい白髪(はくはつ)と赤い目に息をのみ、美貌を褒め称えた。

ずっと、一番だった。誰も私には敵わない。そう思っていた。

───彼女に会うまでは。


彼女は、白銀の髪と澄み渡る空の色の目をもっていた。

陶器のような白い肌。微笑めば誰もがみとれるであろう優しげな目元。


息をのんだ。雰囲気に、のまれていた。

私を含めた全員が、彼女の美しさに魅入られた。

次いで沸き上がったのは、よく分からない感情だった。

今なら分かる。───その感情は。

嫉妬(しっと)』だったのだと。


周囲の視線を独り占めする彼女に、私は嫉妬した。

一番だったのに。

この女が、私を引きずり下ろした。

何もかもが、私より(まさ)っている彼女が許せなかった。


───だから、消した。


嘘の力をでっち上げ、神に仕える巫女───(かんなぎ)の座を作り上げた。

神の使いたる私の言うことは絶対。

銀髪青瞳の者には穢れが宿っているという適当な理由をつけて、私は彼女を葬った。

皆、信じて疑わなかった。

私は、『一番』を脅かすものを排除した。排除し続けた。

穢れの宿った者───《穢れた者》達は、今後も儀式と称して消されていくだろう。

そうすれば、永遠に。




「そうすれば……死後でさえも、私の一番は揺らがない」


シエルの声は、掠れていた。

それはそうだろう。ヴァンスだって、足の震えを抑えられない。


「そんな…ことで……?」


ジュリアが呆然と呟いた。呟きは空気に溶け、誰も、何も返せない。

衣擦れの音がして、ヴァンスはそちらに顔を向けた。

音の発生源───シエルは、両手で顔を覆っていた。


「私が…未来を奪ってきた者たちに……これでは……」


彼女には、酷な現実を突き付けた。

命を絶った者達のことを、悔いていたシエルだ。受けた衝撃は計り知れない。

巫の特徴である赤い目を抉り取ってしまいそうなほどの力を手に込めるシエルに───、


「シエルが悪いわけではないよ」


アルバートが、声をかけた。

ステラを助け出したあの日から、シエルに言われ、彼は敬語を使うのをやめた。対等な関係として、少女に語りかける。


「事実は変わらない。罪は、なくならない。でも」



「一人で抱え込む必要はない。───そうだろう、ヴァンス」


昨夜の話を持ち出すアルバート。彼の表情は穏やかなもので、ヴァンスは首肯した。


「そうだ。……一緒に考えよう。過去は変えられなくても、これからは変えていけるんだからさ」


シエルは真紅の瞳から堪えられなかった涙をぽろぽろと零すと、


「……はい」


何度も何度も、頷いた。




───たったひとつの、嫉妬に狂った歯車が運命を大きく変えた。

白い髪と赤い目を持つ者も、銀色の髪と青い目を持つ者も。

歪んだ過去を、繋げるわけにはいかない。

ここで、元に戻してみせる。


視線を下げ、ステラの寝顔を見る。───彼女には、辛い思いをさせるだろう。大勢の心ない言葉に傷付くはずだ。

それでも。


「…どんなに苦しくても、俺は…俺だけは、君の隣にいるよ」


聞こえたわけでもないだろうが、眠るステラの表情が和らいだ気がした。

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