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5.歪んだ過去



自覚はなかったが疲れていたのだろう、ベッドに倒れ込んだところで記憶は綺麗に途切れている。寝るのが遅かったのもあるが起きられず、起床時刻を大幅に過ぎていた。


「ふわ……」


欠伸混じりに階下へ下りていくと、すでに皆食卓についていた。


「あ、お兄ちゃん。今呼びにいこうと思ってたとこ」


「待たせて悪い、寝坊した」


ジュリアは「それより」と顔を近付けて囁く。


「……昨日の夜、アルバートとなに話したの?」


「まあ、その…なんだ。男同士の秘密だよ」


適当に誤魔化し、アルバートの隣の席に座った。ジュリアはむぅ、とふくれたが、それ以上の追及はしない。

反対隣はステラが座っていて、朝日に煌めく銀髪に目を奪われる。


「……?どうかしたの、ヴァンス?」


「いや…ステラだよなぁって思って」


───隣にいるのが夢ではないかと思ってしまう。

幻影で、触れれば消えてしまうのではと思わせる儚さが、彼女にはあった。

それは、ずっと閉じ込められ、運動らしい運動ができなかったせいもあるだろう。もともと華奢(きゃしゃ)なステラだが、今や明らかにジュリアよりも細い。勘違いしないで欲しい、ジュリアが特別太っているわけではない。彼女が標準だ。…なんだ標準って。

ともかく、長い間会っていなかったのもあって、ステラがいることに違和感があるのだ。もちろん戻ってきてくれたことは嬉しい。でも、それとこれとはまた別なのだ。


笑われるかと思ったが、ステラはそっとヴァンスの手を包み込んだ。一瞬、驚きに体を強張らせたが、すぐに力を抜く。


「私がここにいるのは…いられるのは、ヴァンスのおかげ。それは、忘れないで」


蒼天を映したような美しい瞳に間近で見つめられ、息を吸うのももどかしく、その名を呼んだ。


「…ステラ」


顔が近付く。

あと、数センチ。二人の間を遮るものは何もなく、時すらゆっくり流れ、そこに割り込む無粋をおかさない。

互いの吐息が感じられる距離まで近付いたとき、ふと我に返った。ほぼ同時に勢いよく離れ、椅子に座り直す。

周囲の視線が生温かいものに変わっていて、今さらながら顔が火照るのを感じた。

穴があれば入りたいほどの羞恥が全身を駆け巡り、俯く。


何とも言えない雰囲気を壊したのは、ジュリアだった。


「朝からゴチソウサマ。…こんなお兄ちゃんも面白いけど、朝ご飯食べよ。冷めちゃう」


「おい面白いってどういう意味だ」


雰囲気を壊してくれたのはいいが、微妙に聞き流せず、赤い顔のままじろりとジュリアを見る。


「そのままの意味に決まってるじゃない。……いただきます!」


「「「「いただきます」」」」


「……いただきます」


ジュリアはじと目のヴァンスの視線を涼しい顔でかわし、手を合わせる。全員が唱和し、釈然としないままヴァンスも口の中で呟いた。






「あ、そうだシエル」


食べ終わった食器を運んでいたシエルに声をかける。ヴァンスはグラスを掴むと残っていた水を喉に流し込み、唇を湿らせてから言った。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「私に、聞きたいこと…でしょうか」


「ああ。(かんなぎ)について、知りたいんだ。分かっていること、何でもいいから教えてくれると助かる」


シエルは少し考えた後、頷いた。手にしていた食器を流し場に置いて戻ってくると、


「少し、待っていてください。───巫にだけ読むことを許された本があるのです。それを、とってきます」




数十分後。シエルとヴァンス、ステラとジュリア、そしてアルバートの五人はテーブルを囲んでいた。

今いるのは空き部屋。テーブルと椅子を引っ張ってくれば、立派な会議室だ。

ジュリアが片付けを終えるまで待っていたため、時間がかかったが、これで揃った。

雑談をする感じでもなく、本題に入る。


「その本には、どういうことが書かれてるんだ?」


身を乗り出して聞くと、シエルはゆっくりと語り始めた。

煌びやかな装飾がほどこされた、重厚な造りの本の内容を。

───大勢の人々の運命を変えた、歪んだ過去を。

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