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4.雪解けの微笑

更新遅くなり、申し訳ありません。

毎日投稿できるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします<(_ _)>



───屋上で、ヴァンスとアルバートは向かい合っていた。


「遠まわしな言い方は得意じゃない。だから、傷付けるの覚悟で率直に言うぜ。───過去に、何があったんだ?」


風の音だけが響く。アルバートは瞳を揺らしたが、ヴァンスはただじっと、彼を見つめた。


「……君に話す必要は」


「───ない。でも、六年間それなりに関わってきた俺との間にはなんの絆もないって、お前はそう思ってるのか?」


「……」


卑怯な物言いであることは分かっている。心の傷に無神経に触れ、爪をたてていることも。

アルバートの顔には痛みを堪える色が浮かんでいるし、それを目にして胸が締め付けられるような感覚があるのも事実だ。

だが、ヴァンスは引かない。揺るがず、紫紺の瞳を覗き込み続ける。

やがて、アルバートは視線をそらし、頭上を見上げた。

星空を瞳に映し、彼は過去を語り始めた。


仲間達のこと。

男達との出来事。アルバートを置いて、友人達が魔獣の群生地へ行ってしまったこと。

彼らの父親とともに、追いかけて森に入ったこと。

───魔獣の毒にやられ、アルバート以外の全員が、命を落としたこと。


訥々(とつとつ)と語られるそれを、ヴァンスは黙って聞いた。


───彼は、一日にして己の父親と、仲間を亡くしたのだ。しかも、友人の最期を看取って。

聞くだけでも相当な衝撃があったのに、実際に目にしたアルバートは。


「……よく、立ち直れたな。俺だったら多分狂ってるぞ」


「…あの頃の私は、狂っていたかもしれない。周囲には、そう見えていただろう。……君は、騎士団で私が何と呼ばれていたか、知っているか?」


「いや、知らない」


知っているわけがない、という思いを込めて、ヴァンスは返した。アルバートは遠くを見つめ、言葉を押し出した。


「誰が呼び始めたのか……『黒狂剣士』と」


黒狂剣士、と口の中で呟く。


「必要事項以外は誰とも会話せず、ひたすら戦っていたからだろうな」


「誰とも……?」


「当時は、雑談をしているより一回でも多く剣を振りたかった」


誰とも話していなかったと聞いて驚いたが、共感できる部分もあった。


『休んでる暇があるぐらいなら、一回でも二回でも多く剣を振る』


戦うことだけに集中し、他は切り捨てていたとき、ヴァンスはアルバートと同じような言葉を口にした。

瞬きする一瞬すら勿体なくて。絶えず焦燥感に苛まれ、回復薬に救いを求めた。

回復薬を飲むと全身の疲労感が消えていって、その瞬間だけが唯一心安らぐ時だった。

空腹による胃の痛みと寝不足の頭の重さは消えなかったが、それすらも気にならなくなるほど精神が摩耗していたのだろう。ジュリアが来て止めてくれなければ、とっくのとうにすり切れていたはずだ。ステラを助けることも叶わなかったかもしれない。


───ヴァンスは、沢山の人々に支えられて立っているのだ。


左腕が動かなくなったときもそうだ。自暴自棄になり己を痛めつけていたとき、目の前のアルバートがまだやれると引っ張り上げてくれたから、立ち上がれた。


アルバートには、いたのだろうか。

───心が折れそうなとき、そばで寄り添ってくれる人は。


「……お前…さっきの話、俺の他で誰かに話したことあるのか?」


「…一度だけ」


視線を泳がせたところを見ると、恐らく相手はジュリアだろう。いつ話したのか、思い当たる節がないでもないが、追及はしない。重要なのは、そこではないのだ。

───今の彼の台詞は、ジュリアに会うまでは一人で抱え続けてきたということに他ならないのだから。


「誰にも助けを求めることなく、生きてきたっていうのかよ」


「…皆を、止められなかったのは私の責任だ。───助けを求める資格は、私にはない」


絶句、した。───同時に、理解する。

アルバートの言動の数々に納得がいった。

彼は、本気だ。本気で、自分が救われるわけにはいかないと思っている。

───本気で思っているが故に、気付けないのだ。


「…これからも、そう思って生きていくのか。何もかも一人で背負い込んで、そうやって!」


耐え難い激情に、自然と語調が強くなる。

だって、それでは。

真剣に案じているジュリアが、彼を残して逝った友人と父親が。

そして、アルバート自身が。

───あまりにも、報われないではないか。


「これは私が背負うべき、罪だ」


「お前に罪なんかない!誰もお前を責めるわけ……」


「───私が……僕自身が責める!」


アルバートが声を荒げ、ヴァンスは息をのんだ。

一人称が『私』から『僕』に変わり、アルバートの思いが、苦悩が溢れ出していく。


「もっと強く、止めていれば死ななかった。止められなくても、もっと早く相談していたら森に入る前に追いつけたはずだ。……はずなんだ」


「───」


「でも、皆は死んでしまった。カレンもレオも、ルイも……みんな…皆!」


悔悟に声を震わせ、アルバートは右手で顔の片側を覆った。


「僕の、所為(せい)だ」


「───」


「だから、僕が救われるわけにはいかない」


彼の瞳が、徐々に冷え込んでいく。

心が、凍りついていっているのが分かった。

全て閉ざして、己を殻に押し込めて。


「……何でだ」


勝手に、唇から音が零れた。


「───何で、そんな哀しそうな顔してるんだよ」


救われる資格はないとアルバートは言った。

なら、何で。

───今にも泣き出してしまいそうな、弱々しい表情を浮かべているのだ。


「資格がないって言い聞かせて…お前は本当に、誰の助けもいらなかったのかよ」


いらなかったと答えられてしまえば、ヴァンスはもう何も声をかけてやれない。

けれど、もし。違ったのなら。


「───夜、に」


「───」


「悪夢を見て。誰かに、側にいてほしかった。…声を、かけてほしかった……」


───これが、アルバートの本心。

覆い隠して、彼自身も目をそらしてきた、本心。

たどたどしく言葉にされたそれを噛みしめ、ヴァンスは一歩足を踏み出した。


「アルバート」



「───お前は、一人じゃないよ」


確かに今までは一人で膝を抱えるだけだったかもしれない。

だけど、未来は。

これからは、違うのだ。


「俺がいる。ステラがいる。シエルだっているし、施設にも沢山の人がいる。───ジュリアがいる」


アルバートの肩を掴み、顔を上げさせる。

自分の手が熱い。この熱さで、彼の頑なな心が少しでもとけてくれるなら。


「僕に……」


小さな呟きが鼓膜を揺らし、ヴァンスは無言で耳を傾けた。


「僕に、救われる資格があるか……?」


アルバートが、震える問いかけが、答えを求めていたから。


「資格なんて考えてたら、この世には救われちゃいけない人達ばかりだな」


「───」


「───皆、お前のこと心配してるんだよ。頼ってほしいって、そう思ってる。…自分だけで抱え込む必要なんてないんだ」


はっきりと、言ってやる。

他者の温もりを求める己の心を凍り付かせ、目を背けてきた男に。

───否、友と父の死の責に囚われ続けてきた少年に。


「もっと、自分を大事にしろよ。まず最初に自分が傷付くことを考えるんじゃなくてさ。───お前は騎士である前に、アルバート・カールトンっていう一人の人間なんだから」


アルバートは息をつめ、目を閉じた。

しばらくして再び瞼を持ち上げたとき、彼の双眸には温かみが戻ってきていた。


「一人の、人間か。……長い間、忘れていた気がする」


「じゃあ、その長い間を取り戻していかないとだな」


彼に、右手を差し出す。アルバートは手を取ると、口元を綻ばせた。

ヴァンスの家でみせた笑みとは違う。あのときの笑顔が嬉しさによるものなら、たった今見せた微笑は、言うなれば。


───雪が解け、暖かい春の日差しに安堵したような。


「……もう、大丈夫そうだな」


「───?何か言ったか?」


「いや、何でもない。…そろそろ戻るか。俺は寝てたからいいけど、お前は違うだろ」


「僕は別に…」


『僕』という一人称のまま話していることに、違和感はない。ようやく素の話し方をしてくれるようになったという、純粋な喜びがあるだけだ。


吸い込んだ冷たい空気に、微かだが春の気配が混ざっていた。

───どんなに寒くても、凍りついていても、春は必ずやってくる。

暖かい光が降り積もった雪をとかし、下に隠れていた植物たちを空気に触れさせるのだ。


───雪解けの季節の訪れを感じながら、ヴァンスは建物の中へと続く階段に足を向けた。

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