2.残酷な生き方
『敬語はいらぬ。対等に話そうではないか』
「……。なら───今日は、礼を言いにきたんだ」
言われたとおり敬語をばっさり捨てるヴァンスに竜は好意的だ。
いつのまに好感度をあげていたのだろうと首をひねりつつ、ヴァンスは隣に立つステラを前に押し出した。
「彼女がステラ。《穢れた者》として突き落とされたところを助けてきた」
『…本当にやってのけたのだな。……突き落とされたところ、と言ったか?』
「ああ、突き落とされたところ、だ」
何も間違っていない。落ちているステラを助けた。
何故か竜が沈黙したが些事と切り捨て、
「ステラを助けられたのは、竜の力のおかげだ。───ありがとう」
『貴殿は勘違いをしているようだな』
「勘違い……?」
意味が分からず聞き返す。竜は一度強く羽ばたくと、
『───貴殿の強さは、貴殿自身が努力した証だ。その証に比べれば、我が与えた力など微力にすぎぬ』
「───」
つまり、こういうことだろうか。
ヴァンスの力は努力が実ったものであり、竜の力はその後押しにすぎないと。
『とはいえ、与えた力が弱いわけではない。───貴殿の努力と生まれ持った資質のほうが大きかったということであろう』
なるほど、理解はした。理解はしたが───
「───それでも、俺は礼を言うよ」
そう口にすると、竜は目を見開いた。しばし呆然とした竜は、やがてため息をついた。
ため息、といっても巨大な竜のため息だ。暴風が巻き起こり、ヴァンスはステラを引き寄せる。
『貴殿には、驚かされるな』
体についた葉っぱを払うヴァンスから視線をそらし、竜はアルバートをちらりと見る。
『…その剣。貴様は騎士なのだろう?』
何故ヴァンス達といるのか、と竜の目が問いかけていた。
儀式に対してあれほど義憤を露わにした竜だ。巫に付き従う騎士に対して思うところもあるだろう。
「───おっしゃるとおり、私は騎士です。騎士として、為すべきことを為すために、ここにいます」
『為すべきこと、だと?』
竜の視線が厳しくなる。しかし、アルバートは怯むことなく堂々と言った。
「騎士は、民を守る立場です。有事の際には誰よりも早く剣を取り、民の前に立たねばなりません。……大切な人を亡くす哀しみを味わうのは、私だけでいい」
どこか神秘的な紫の瞳に一抹の憂いを宿し、竜を見上げる。
「私は騎士であり続けるために、ヴァンスに協力しているのです」
あっさりと自分のためだと言い切ったアルバート。竜は内心の読めない瞳でアルバートを見据えた。
『…貴様のその考え方は、尊い。だが、同時に残酷でもある』
「───」
残酷。確かに残酷な生き方だと、ヴァンスは思った。
他人を傷付けないかわりに、何もかもを背負って。
目に見える傷も、見えない傷も、全て一人で抱え込んで。
ジュリアが悲しげにアルバートを見ている。───彼は、それに気付かない。
彼女が───否。アルバートを知る人間がどんな思いで見ているか、気付いていない。
ヴァンスはアルバートに声をかけようとしたが、一瞬早く竜がステラに話しかけてしまう。後で話をしようと心に決め、ヴァンスは竜とステラのやり取りに耳をかたむけた。
やけに親しげにステラと話す竜。声に集中しようとするが、意識は勝手にアルバートのことへ向いてしまう。
もう一度、ヴァンスは振り返った。いつもとなんら変わらない立ち姿。
───変わらないはずなのに、引っかかるものがあって。
結局、ステラ達のやり取りの内容は欠片も頭に入ってはこなかったのだった。