1.人外?
ステラとの短くも穏やかな一時は終わり、ヴァンスは目が覚めたと聞いてやってきたジュリアとレティシアに一発ずつ叩かれた。
「お兄ちゃんの馬鹿!一言いっておいてくれればいいじゃない!」
「私達の心配を……どうしてくれるんですか!」
ジュリアはともかく、普段怒ることのないレティシアまでもが詰め寄ってくる。後から入ってきたアルバートも呆れ顔だ。
「う……悪かったよ」
今回は全面的にヴァンスが悪い。素直に謝罪すると、全員がため息をついた。
「私からもいろいろと言いたいことはあるが…まずは食事にしよう。───ずっと何も食べていないのだろう?」
「空腹には慣れて……わ、分かった、分かったから!」
ジュリアの視線が一段と厳しくなり、ヴァンスは慌てて頷いた。
「…なあ、シエルとサラはどうしてる?」
ダイニングへ向かう途中、アルバートに問いかける。
「すぐに分かる───というのは意地悪すぎるな。……サラは、すっかり馴染んでいるよ」
「サラは、か。……シエルはやっぱり」
「…反感を持つな、とは言えない。差別され、苦しんできたのは彼らなのだから」
《穢れた者》の特徴を持ち、差別されてきた者達が集められた施設がここだ。そこに、白い髪に赤い目の少女が現れれば、当然いい気はしないだろう。
「トラブルは起きてないのか?」
「幸い、起きそうになったところをジュリアが止めたから、今のところは大丈夫そうだ」
「ジュリアが?」
ジュリアに目を向けると、彼女は大したことはしていないと手を振った。
「…見かけで判断されることがどれだけ苦痛か、あなたたちが一番よく分かってるはず……って言っただけだよ」
ヴァンスは驚き、じっとジュリアを見ていたが、唇を緩めると少し低いところにある彼女の頭をそっと撫でた。
「あ、そうだ!食べ終わったら森行ってくるけど、ステラとアルバートもくるか?」
「森に?別に構わないが、何のために?」
「───竜にお礼言いに行くんだよ」
沈黙。竜とすでに会っているジュリアはどこか悟りきったような表情だが、そのほかは驚愕が色濃い。
アルバートは口を何度か開閉し、
「……行って、会えるのか?」
「それについては大丈夫だよ。…竜の力を持っているせいか、どこにいるかは大体分かるんだよな」
───今度こそ、全員が絶句した。
森には、ヴァンスとステラ、アルバートとジュリアの四人でいくこととなった。アルバートはジュリアがついて来ることに強硬に反対したが、しまいには渋々受け入れた。強情な人同士だが、意見がぶつかりあうとアルバートが折れるらしい。より強情なほうが意見を貫き通す、といったところか。
アルバートが引いたのは、ヴァンスもいたからだろう。ステラを助ける際の諸々により、彼の中でヴァンスの強さが跳ね上がったようなのだが、正直あまり期待してほしくない。
前よりは確かに強くなったが、ヴァンス的にはまだまだなのだ。
「んー…もうちょい東、だな」
感覚に従っててくてく歩いていくと───
地面に影が差し、ヴァンス達は顔をあげた。
「お久しぶりです、ドラゴン様」
『貴殿はいつぞやの…』
どうやら覚えていてくれたらしい。
膝をつき、敬意を示すヴァンスに竜は、
『敬語はいらぬ。対等に話そうではないか』
「……凄いな、ヴァンス」
アルバートが珍しく、遠まわしではなく率直に感想を述べた。
「…なんかもう、ヴァンスが凄すぎて何て言っていいか分からないよ……」
「さすがにそれは言いすぎだろ、なぁ?」
ステラの呟きを否定し、賛同を求めるが、誰も返事をしない。皆の目が言いすぎでないと訴えている。
「……そんなに俺ってやばい?」
「「「人外の域に入ってる」」」
三人の声が見事にシンクロし、ヴァンスは吐息した。
それから、ここまで黙って様子を見守っていた竜に向き直ったのだった。