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2.『雉も鳴かずば』───けれど



朝日に顔をしかめ、ヴァンスは体を起こした。

隣のベッドを見やると、すでにジュリアは起きて本を読んでいる。昨夜はステラと線香花火をして、寝たのはそれなりに遅かったはずなのだが。


「おはよ、早いな……何の本、読んでたんだ?」


欠伸を噛み殺しながら言うと、ジュリアは読んでいた本をぱたりと閉じ、


「お兄ちゃん、おはよう。…これ」


差し出された本を受け取り、ヴァンスはタイトルをそっと指でなぞる。


「『(きじ)も鳴かずば』……?」


「異国に伝わる物語だよ」


ページをぱらぱらとめくる。さらっと目を通すだけのつもりだったのだが、つい真剣に読んでしまった。


人柱(ひとばしら)』という単語が、目に留まったからだ。




この話に出てくる父娘の住む村は、毎年大雨が降ると氾濫する川のほとりにあった。村人達は困らされ、娘の母親も洪水で亡くなっていた。

ある年の秋。娘は重い病気にかかってしまった。貧乏で医者を呼ぶことも叶わない中、娘は「あずきまんまが食べたい」と言う。あずきまんまとは赤飯のことだ。これが最後になるかもしれないと、小豆を買うお金のない父は地主の倉からひとにぎりの米と小豆を盗んで、娘に食べさせた。

あずきまんまを食べた娘は元気になり、父親が畑仕事をしている間に手まり歌で「あずきまんま食べた」と歌ってしまう。


夜からまた雨が激しくなり、村人達は「人柱を立てよう」と相談する。その際に娘の手まり歌を聞いていた者が、彼女の父親が盗みを働いたことを話した。父は役人に引っ立てられ、人柱として川のほとりに埋められてしまった。

娘は聞いた。───自分の歌った手まり歌で、父が盗みをしたと分かったことを。

娘は何日も泣き続けていたが、やがてぴたりと泣き止み、一言も喋らなくなってしまった。


それから、何年もの月日が流れ。猟師が鳴き声を聞いて雉を撃ち落とした。落ちた場所には成長した娘が絶命した雉を抱いて立っていた。


「雉よ───」



「お前も鳴かなければ撃たれなかったろうに……」


呟き、娘はその場を立ち去った。

───以後、娘の姿を見た者はいない。




最後まで読み終え、ヴァンスは息をついた。吸い込む空気が鉛になってしまったように重い。

父親は、殺人をしたわけではない。病気の娘の願いを聞いてやりたかった、ただそれだけのことだ。

ただそれだけだった、のに───。


本を閉じて沈鬱な吐息を零すヴァンスを、ジュリアがじっと見つめた。


ローランド国では、人柱は行われていない。

しかし、近いものなら行われているのだ。


───それが、《穢れた者》を海に突き落とす儀式。


人柱とは災害等に建造物を破壊されないように、人を生かしたままで土中や水中に埋めるもしくは沈め、神に祈願する行為だ。生け贄、といったほうが分かりやすいかもしれない。

儀式は、この世の穢れを全て《穢れた者》に背負わせ、葬ることで浄化するというもの。

目的は違えど、やっていることは同じだ。


「……お兄ちゃん」


「───昨日の夜も言ったとおりだよ」


何で銀髪青瞳の者が《穢れた者》と呼ばれるようになったかは知らない。例え過去に何があったとしても、ステラが犠牲になる理由にはならない。


ずっと彼女を隠し続けていれば、ヴァンス達も罪に問われるだろう。

『雉も鳴かずば』の村人は、自らが人柱になることを恐れて告げ口した。保身に走るのは人として当然の心理だと思うし、それに対して文句を言うつもりもない。


だが。


「……犠牲になんか、するかよ」


他人はそうでも、ヴァンスは。

───我が身可愛さにステラを売るなんてことは、絶対にしない。

己の身を引き裂かれようと、絶対に。


「…ん、だよね」


ヴァンスの横顔を見ていたジュリアが、小さく頷いた。察しのいいジュリアのことだから、ヴァンスが何を考えていたのか分かってしまったに違いない。


災いを呼ぶことを恐れて口を噤むよりも、何気ない一言に笑い合いたい。人を生け贄にして自分を守るために口を開くよりも、少しでも勇気付けられる言葉を口にしたい。それでもって楽しく過ごせるなら万々歳ではないか。


「───よし、朝ご飯食べたら、ステラの家行こう」


ジュリアは首を縦に振ると、立ち上がった。ヴァンスはもう一度だけ本の表紙を見て、


「『雉も鳴かずば撃たれまい』……だけど、口にすることを恐れて黙ってしまえば、何にも変わらないんだよ」


誰かに言ったわけではない。言いたかったから言っただけのこと。

ヴァンスは長いこと表紙を眺めていたが、やがて立ち上がり、部屋を出た。

『雉も鳴かずば』 日本の昔話。


お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、二文字タイトル、やめました。今後はそういった縛りのないタイトルにしていこうと思っています。


話は変わりますが、『次は、助けてみせるから。』というタイトルで連載始めました。「いつか、君を助けにくる」の登場人物、アルバートの物語です。ご興味がございましたらお読みください。どうか、よろしくお願い致します。


最後に、読んでいただきありがとうございました。

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