1.線香花火
これは、ステラが連れていかれる前の話です。
番外編が終われば、第二章に入っていきたいと思っています。
―――しばらくの間、番外編に付き合って頂ければ幸いです<(_ _)>
オレンジの光が、暗闇の中に幼い三人の顔を浮かび上がらせている。
三人とも真剣そのもので、なるべく動かぬよう、揺らさぬよう手元をじっと見つめていた。
というのも───
「あーっ!また落ちた!」
「ちょっ、お兄ちゃん、揺らさないで!せっかくここまで……落ちちゃったじゃないっ‼」
「私の、まだ終わってないよ」
三人───ヴァンスとジュリア、ステラは線香花火で勝負しているのだ。
誰が一番長く落とさずにいられるかというこの勝負、二回戦ともにステラの勝ちだ。ヴァンスは諦め悪く燃え尽きた線香花火に火をつけ、普通に紙が燃えて指先に近付いてくるのを目にし、慌てて水を張ったバケツに放り込む。
「……もう一回」
幸い、花火はまだ数本残っている。ステラは苦笑し、長いローブの裾を左手で押さえて線香花火を手にした。
せーの、と声をかけて、蝋燭の火に先端を近付ける。
ジリジリという音とともに、先端が丸みを帯びていく。独特な匂いが鼻に入り込んできて、むせないようヴァンスは体の向きを変えた。その間も、光の球は徐々に膨らんでいて、やがて小さな火花を飛ばし始める。最初は控えめな火花は瞬く間に数を増し、あたりを照らした。
一瞬、息を飲むような美しさをみせたかと思うと、光は呆気なく地面に落ち、弾けた。
落ちてなお火球は赤い光を放っていたが、それも数秒のことで、灰色に変わってしまった。
何故か、先ほどまでみたいに落ちてしまったと騒ぐ気分になれず、ヴァンスは無言で眺め続ける。
「…穏やかに、長く光り続けるんじゃなくて、激しく火花を散らして、あっという間に消えてしまう。……ちょっとだけ、羨ましいな」
「羨ましい?」
ステラの呟きにヴァンスは顔をあげ、聞き返す。ステラは今まさに光を弱めて消えようとしている己の線香花火を見つめ、
「だって、ね。───短くても、こんなに美しいの。人を魅せて、それで消えるんだよ」
儚げな微笑を浮かべて、彼女はヴァンスを見た。
「たとえ、すぐに消えちゃったとしても……誰かの心に、輝きを残せたらって思ったの」
ステラの言葉に、反応が返せない。
彼女は《穢れた者》として、いつ連れて行かれてもおかしくないのだ。
───そして、二十歳になると海へ沈められる。
怖くないはずがない。
ヴァンスの知らないところで、苦しんだはずだ。
前にステラが一度だけみせた泣き顔。
運命に怯えた、顔。
今の呟きは、苦しんだ末に出した彼女の本心だ。
頭ごなしに怒ることも、きっとヴァンスには許されない。
けれど。───せめて、これだけは。
「……だけど、さ」
「───」
「できれば長く、激しく燃えていてほしいだろ?」
刹那の儚さに、感動することがある。
───でも、人はずっと続くことを求めるのだ。
永遠に生き続けるのが良いなんて、思わない。
終わりが必ずあるからこそ、美しいと思える。
だが───他人に寿命を決められるのは、許せない。
須臾の間の思い出を抱き続けるより、共に歩む未来を焼き付けていきたい。今際の際に握りしめるのは、記憶ではなく温かい手のひらでありたい。
───それは、ひどく現実の見えていない理想論だ。そんなことはヴァンスだって理解している。
だからこそ、諦めを受け入れることはしたくないのだ。
線香花火に手をのばし、ステラとジュリアの視線を浴びながら火をつける。
花火は途中で落ちることなく、『牡丹』『松葉』『柳』と表情を変化させ───最後の『散り菊』へ。力を振り絞っているかのような火花が弾けて、完全に沈黙した。
「───そうね。ヴァンスの、言うとおり」
ここまで沈黙を守っていたステラが、ヴァンスの理想論を肯定する。何だか照れくさくて、ヴァンスは殊更軽口めいた口調で言った。
「……お、まだ三本残ってるな。三人でやろうぜ、勝負じゃなくてさ」
夜。虫の声が響く、満天の星空の下で。
瞳に花火の輝きを映すヴァンスは気付かない。
フードに赤く染まった頬を隠す、彼女の姿に。
───ヴァンス達と別れ、自室のベッドに倒れ込んだステラは、胸の上に手をおいた。
「…ずるいよ、ヴァンス……」
いつ、別れがやってきてもいいように、覚悟をしていたのに。
ステラの心を揺さぶって、気付かないようにしていた想いを、自覚させて。
───別れたく、なくなってしまう。
普段は鈍感なのに、こういうときだけ核心をついてきて。間違ったことが嫌いで、いつだって真摯に向き合ってくれて。
そんな彼が、いいのだ。
───そんな彼だから、いいのだ。
「楽しかったな……」
空気に溶けた、吐息に近い一言は誰にも届かない。
届かないけれど、それでいい。
「また、三人で……」
ささやかな願いを零し、ステラは目をとじた。
───眠るステラの銀髪が窓から射し込む月の光を反射し、暗闇の中で眩く輝いた。