51.兄妹
───一日かけて、ステラが囚われていた建物に戻ってきたヴァンス達は、まず地下室で縛られて転がっている騎士達の手当てをした。
儀式に参加していた騎士達はステラが治療しようとするのを止めたが、彼女本人がやるといって聞かず、渋々折れた。
治療している間に儀式でのことを説明すると、ディラン以外の騎士は疑惑の目を向けつつもステラに忠誠を誓った。ここから、信頼されていくまでには時間がかかるだろう。でも、ステラなら大丈夫だと、ヴァンスは信じた。
問題のディランだが、彼は話を聞いても意志を曲げなかった。
「俺は、巫様についていく。《穢れた者》のお前に、剣は捧げない!」
ステラを睨みつけ、叫んだディラン。ヴァンスは怒鳴ろうと口を開くが、それより早く、シエルが前に出た。
「───私はもう巫ではない。新たな巫に忠を尽くせないならば、そなたに騎士である資格はありません」
「な……」
衝撃を受け、ディランが呆然とシエルを見た。
「…と、いうことだそうだ。とりあえず、怪我が治るまではここにいればいい。その後は出てくなりなんなり好きにしろ。いっとくが、俺の怒りはおさまってないからな」
無言のディランに吐き捨てて、ヴァンス達は階段を上り、外へ出た。
「悪い、遅くなったけど───ステラの両親に会いに行こう」
アルバートとシエルを馬車の中に残して、ヴァンスとステラは歩き出す。
ステラが助かったことを、誰よりも先に伝えなくてはならない相手のもとへ。
半ば走ってそこに辿り着くと、ヴァンスは素早く玄関のドアをノックした。今は真夜中を少し過ぎたくらいで、非常識な時間だが朝までは待っていられない。しばらくすると鍵が開き、女性が出てきた。
「───お母さん」
女性───ステラの母、リュンヌは目を見開き、
「ステラ……ステラ、なの……?」
声を聞きつけて、寝間着姿のダグラスが顔を出す。
「お父さん……っ」
長い銀髪を風になびかせて立つステラを、彼女の両親は抱きしめた。
「よく…よく、戻ってきた……‼」
家族は抱き合い、涙して再会を───生還を喜んだ。
ダグラスは目のあたりを赤くし、ヴァンスに向き直る。
「ありがとう。君のおかげで、またステラに会えた」
感謝を述べられ、ヴァンスは照れくささを誤魔化すように、
「───良かったな、ステラ」
ステラは綺麗な青い瞳からぽろぽろと涙を零し、何度も何度も頷いた。
近々また顔を出すと約束し、ヴァンスとステラは家を出た。その足でサラを迎えにヴァンスの家へ向かう。
───無事に戻ってきた二人を見た父と母の喜びようは凄まじかった。今夜は泊まっていけという父の言葉に首を振る。
「ジュリア達が…心配してると思うんだよ」
こっちへくるまでのドタバタを簡単に説明すると、ステラを含めた全員にため息をつかれた。傷付く。
「それに…今休むとしばらく起きれないだろうからな」
何せ徹夜四日目、絶えず竜の力を使い続けているのだ。時々回復薬を飲んでいたが、どうも効果がないように思える。
「…だから、俺の限界がこないうちに施設に帰るよ」
部屋の奥から眠そうなサラがふらふら歩いてきて、ステラは少女をそっと抱き上げた。
「なんか、姉妹みたいだな」
ぽつりと呟くと、ステラは嬉しそうに微笑んだ。
思いのほか遅くなり、馬車に戻った頃には夜が明け始めていた。
ヴァンスはアルバートの隣───御者台に座って、後ろを振り返る。
ステラとサラ、シエルは荷台でぴったりくっつき、眠っていた。三人とも、仲良くなってくれたようで嬉しい。
「君はここで良かったのか?休んでいないのだろう?」
「休んでないのはお前だって同じだ。途中で交代するためにいるんだよ」
「私は…もともと眠りが浅くてね。慣れている」
言葉をぽつぽつと交わしながら進んでいき、やがて施設が見えてきた。
「おーい、着くぞー」
背後に声をかけると、ステラだけが身を起こした。
「ん……」
彼女は片手を口元にあてて小さく欠伸をすると、揺れる馬車の中で器用に立ち上がり、御者台のほうに近付いてきた。
「サラとシエルは…寝かせとくか」
馬車を施設前で停め、ヴァンスはステラが降りるのに手を貸した。サラとシエルを荷台に残したまま、三人だけで玄関にむかう。
ドアを開けると、ちょうど玄関ホールを通りかかったジュリアと目があった。
「お兄ちゃん⁉帰ってこれたの……って…」
ヴァンスの隣に目を向け、言葉が途切れた。ジュリアは掠れた声で名前を呼ぶ。
「ステラ……?」
「───久しぶり、ジュリア」
ジュリアはそれを聞くと、ステラに駆け寄った。ジュリアもずっと会いたがっていたのだ。なにもなければ、感動の再会となっていただろう。
───そう、なにもなければ。
重いものが落ちたような音がして、ステラに抱きついていたジュリアが顔を離し、そちらを向く。
「お、お兄ちゃん⁉」
───慣れた施設に戻ってきて気が抜けたヴァンスが倒れ込んでいた。
ステラと二人で駆け寄り、肩を揺すっていると───
ヴァンスの体に、影が落ちた。
次いで、聞き慣れた声。
「……眠っているだけだ。相当無理をしていたようだから」
顔を上げる。至近距離で、紫紺の瞳と目があった。
「アルバート……」
「……何故今なんだ、ヴァンス…。せめて説明してから……」
混乱するジュリアから視線をそらし、アルバートは恨めしそうにヴァンスを見たのだった。
「…つまり、お兄ちゃんが連れてかれたのも、アルバートがああしたのも、全部計画だった、ってこと?」
───眠るヴァンスとサラ、シエルをそれぞれベッドに寝かせ、二人はジュリアの自室で話をしていた。因みにステラはヴァンスの部屋で彼を見ているそうだ。
意中の相手の部屋だが、あたりを見る余裕もない。アルバートはたった一人で説明を強いられ、ヴァンスが起きたら一言言ってやると拳をかためた。
「ああ、そうだ」
答え、アルバートは怒られることを覚悟する。だが、鼓膜を揺らしたのは怒声ではなかった。
「……ぁ」
目の前の肩が、小刻みに震え始める。水滴が幾つも零れ落ち、アルバートは動揺した。
ジュリアはどうしていいか分からずおたおたするアルバートを見上げ、
「う…裏切られたって……これまでのこと全部、偽物だったんだって思って……」
見つめるジュリアの瞳からは次々と涙が溢れていて、場違いに綺麗だななんて、思ってしまって。
「…すまない。───でもこれだけは、信じてくれ」
「共に過ごした日々は、嘘ではない」
心臓の音が煩い。顔はきっと真っ赤になっていることだろう。一秒でも躊躇えば、この場から逃げ出してしまうに決まっている。
アルバートは一歩前に出て、ジュリアの肩をつかみ、
「私は、君を───」
「───」
ジュリアの体が前のめりになり、アルバートに寄りかかった。
「……ジュリア?」
彼女の顔にかかった髪をよけると───ジュリアは目を閉じて、穏やかな寝息を立てていた。
よく見ると整った顔の中、目の下に隈ができている。最後に会った日から、眠れていなかったのだろうか。
ともあれ、一世一代の告白をジュリアが聞かなかったことは確かである。
アルバートは脱力し、伝えて断られたときのことを考えればこれでよかったのかもしれないと無理矢理自分に言い聞かせた。
……肝心なときに寝てしまうところ、兄妹なのだと妙な感慨を覚えるのだった。
後日。
「ねぇ、アルバート。あの時、何て言おうとしてたの?」
「……。今は言えない」
「じゃあ、いつ言えるの?」
こればかりは言えといわれて言うものではないのだ。
アルバートは迷いに迷った末───。
「───いつか、気が向いた時に言うよ」
ジュリアは反論してくるかと思ったが、意外にも───
「うん。───待ってる」
ほんのり頬を染めて、笑ったのだった。