5.願い
───ヴァンスは、二年ぶりにベッドで寝た。
近くの宿に入り部屋を借りて、二つのベッドのうちどちらを使うかジュリアと話したところから、記憶は曖昧だ。
思っていたより、精神がすり減っていたのだろう。倒れ込むようにして横になったあとは夢も見ず、泥のように眠った。
起きたときには、窓から夕日が射し込んでいた。
「…俺、何時間寝てた?」
呆れた顔をしたジュリアに問うと、とんでもない返事が返ってきた。
「丸三日」
「……は?」
…聞き間違いだろうか。三日と聞こえたが。
二年間無茶ばかりして、ついに聴覚までもおかしくなってしまったのか。
「だから、三日間お兄ちゃんは寝てたの!」
どうやら、聞き間違いではないらしい。
つまり。
「貴重な三日間、無駄にしてしまった…」
頭を抱えるヴァンスに、ジュリアはため息をついて、
「普段からしっかり睡眠を取っておけば、こんなことにはならないの!」
「はい…」
今回ばかりは反省。
三日も寝てしまったので、夜は森に行こうとしたのだが、ジュリアに強硬に反対され、諦めざるを得なかったのだった。
翌日の早朝。
「…おい、ジュリア」
「なあに?」
のんびりとした返事に何度か息を吸い、
「───なんでここまでついてきてるんだ⁉」
今二人がいるのはベスティアの森。分かりやすく言えば魔獣の住処だ。
「…お兄ちゃんの観察?」
「観察って……遊びでくるような場所じゃないぞ」
「私だって分かってるよ。だからお兄ちゃんと一緒に来てるの」
喋っていると気配を感じ、会話を中断してジュリアに動くなと伝える。ヴァンスは腰から剣を引き抜き…
「こういうときだけ、俺って運がいいんだよなぁ…」
気配が何か分かり、ヴァンスは剣を鞘に納め、頭上を見上げる。同じように空を見たジュリアの喉が、驚きで凍った。
突然、ヴァンスが空に叫ぶ。
「お初にお目にかかります───ドラゴン様」
その声を聞きつけ、空を飛ぶ巨大な青みがかった竜が、ぎろりとヴァンスを睨めつけた。
ヴァンスは怯むことなく竜を見つめ、最敬礼する。
『…何用だ』
轟音が響き、ヴァンスはしばし目を閉じ、言った。
「お願いがございます。───私に、貴方様のお力を分けて頂けませんか」