48.計画
幾つもの刃がヴァンスを切り刻もうとふってくる。
そのことごとくを易々と避け、一撃を入れていく。
「おっと」
タイミングをずらして剣が突き出され、ヴァンスは二本の指で挟んで止める。そのままくいっと指先を捻った。たったそれだけのことで、刀身は呆気なく砕け散る。
武器を失い、判断に迷った騎士の肩をとん、と軽く押した。騎士は霞むほどの速さで吹き飛ばされ、別の騎士を巻き込んで転がる。
攻撃をいなし、吹き飛ばす。
言葉にすれば単純だが、それをするのは簡単ではない。
そもそも、騎士になるには相応の実力が伴っていなくてはならない。ヴァンスに軽々と飛ばされている騎士達も、弱いわけではないのだ。
なのに、剣はかすることすらない。
───圧倒的な実力差が、彼らとヴァンスの間に横たわっていた。
「凄いな、竜の力…」
感嘆し、周囲を見回す。
いつの間にか、ヴァンスに剣を向けているのはディランだけになっていた。
「まだやるのか?」
ディランは口の端から血を零しながらも、二本の足で立っている。ヴァンスは呆れ、歩み寄った。
「反逆者め……っ」
「反逆者で結構だよ。何と言われようが俺は止まらない」
吐き捨て、ヴァンスはディランの前で止まる。
「騎士として、『正義』を守る立場として、ここでお前を───斬る‼」
荒い呼吸を繰り返しながらそう叫んだディラン。彼の台詞の中、どうしても許せない言葉があった。
「───罪のない者を助けようとするやつを斬り捨てるのが『正義』なら、『正義』って何なんだよ」
「《穢れた者》の存在自体が罪だ」
「───なら‼」
突然激発したヴァンスに、ディランが気圧される。
「あの子と関わって、優しさを知って、それから言えよ‼言えるもんなら言ってみろよ‼」
「大して話してもないくせに、何にも知らないくせに、何が《穢れた者》だ!何が罪だ!───何が、『正義』だ‼」
檻の中のサラに聞こえるように。
この場にいない、大切な彼女に届くように。
「見た目だけで差別して、人生どころか未来も奪って!それを『正義』と信じ込んでるお前が!お前らのほうが!よっぽど穢れてる‼」
「騎士にそのような口を───」
「───もう、いいよ」
打って変わって静かな口調に戻ったヴァンス。
ヴァンスは顔を上げ、目の前の灰色の瞳を見つめた。
「あんたと俺は、決定的な何かが違う。いくら話しても分かり合えない。───決着をつけよう」
剣を軽く動かして挑発してやると、ディランは無言で斬りかかってきた。その速度はなかなか悪くない。だが───
「諦めるなら、さっさと昏倒させようと思ってたけど……」
自ら前へ踏み出し、難なく剣をかわすと、そっとディランの剣を握る腕に手をそえて、軽く力をこめた。筋繊維が断裂し骨が砕ける感触に、ヴァンスは顔をしかめる。
地面に転がり、激痛に絶叫するディラン。
少しやり過ぎたかと反省し、せめて速やかに気絶させようと剣の柄を振り上げ、ふと考える。
今の力で強打すれば、確実に死んでしまうだろう。
ヴァンスはちょうど最後の一人を壁にたたきつけたところのアルバートの方を向き、
「なあ、こいつ気絶させてやってくれ。俺がやると冗談抜きで意識だけじゃなく命を刈り取る」
アルバートはこちらの惨状を見て息をのんだが、痛みで気を失うこともできずに声を上げ続けるディランを一瞥し、鮮やかに一撃。
ようやく静寂が訪れ、ヴァンスは剣帯に剣をとめ、手を払った。
「上手くいったな」
「ああ。だが……」
アルバートはしばし逡巡した末、
「君に、ここまでの力があるとは、正直思っていなかった。まさか檻を曲げて出てくるなど」
「あれ、言ってなかったか?竜の力だよ」
「……は?」
「だから、竜の力」
彼は驚愕を顔にはっきりと刻み、数回口を開閉し───
「どういうことだ……詳しく、手短に説明してくれ!」
「お、おお…」
かつてないほどの勢いで詰め寄られ、ヴァンスは若干引き気味で頷いたのだった。
───簡潔に説明すること約五分。
話を聞いたアルバートは嘆息し、
「何というか…君には驚かされるよ」
「そうか、驚いてもらえて何よりだ。それはそうと…」
ヴァンスは振り返り、サラに駆け寄った。
「檻の中にいたから大丈夫だと思うけど…怪我とかしてないか?」
頷いたサラの小さな体を抱き上げて檻から出し、ヴァンスはアルバートに引き渡した。
「んじゃ、アルバート、その子を頼む」
「ああ、君の家へ。戻り次第合流する、後は…」
「計画通りに、だな」
頷き、ヴァンスは階段を駆け上がった。
───ヴァンスとアルバートの『計画』。
ヴァンスが騎士に連行され、牢に入る。タイミングを見計らってどうにかして外に出て、儀式のために出払って通常より人数が少ない騎士達相手に戦う。その最中に、アルバートが後ろから援護に入り、全員倒した後に囚われている《穢れた者》を逃がす、というものだ。
逃がす先は、ヴァンスの家。両親には、すでに頼みこんである。
半年前、ヴァンスとアルバートが二人で家に帰ったとき。
あれは彼に挨拶をさせるために行ったわけではない。
───これを見越して、アルバートに家の場所を教え、両親に彼を覚えておいてもらうために行ったのだ。
連行されたことも、牢に入れられたことも計画のうちだ。
───ステラを助け、銀髪青瞳の人を助けるための、計画のうち。
「ジュリア達に、怒られそうだな…」
彼女には、彼女たちには作戦を伝えていない。信用していないわけではない。信じているからこそ、黙っていた。
───ジュリア達なら、ヴァンスを信じて待っていてくれると信頼して。
怒られるのも、全部うまくいってからだ。アルバートと並んでジュリアに説教されるのも痛快ではないか。
明るい未来を脳裏に描いて、ヴァンスは走った。
───がたんという音とともに体が前のめりになり、揺れが止まった。ステラは閉じていた目を開ける。
小さな檻の中にいれられたステラはずるずると外に引きずり出され、乱暴に地面に降ろされた。鉄棒に全身を打ち付け、鈍い痛みに顔をしかめる。
辺りは明るい。儀式が行われるのは夜明けなので、あと半日程度待たねばならないはずだ。
何度か休憩をはさんだものの、丸一日馬車に揺られ続けていたため、地面に座っているのに揺れているような奇妙な感覚があった。
雪は降っていないものの、冬の外は寒い。ましてや、ステラは薄いワンピース一枚なのだ。
それでも、弱音は吐かない。弱音を吐いているくらいなら、己の心を奮い立たせることに専念する。
怖くはない。だから、握りしめる手が震えているのは寒さのせいだ。
服の上からペンダントを握りしめ、ステラはじっとそのときを待ち続けた。
───ヴァンスが助けにくる、そのときを。