46.覚醒
「だって……これまで、協力してくれてたじゃない…」
「協力していたつもりはない。───命令に従っていただけだ」
冗談でしょうと、希望に縋ろうとするジュリアに対するアルバートの返事はそっけない。
「命令…って、誰の……」
「───巫様」
巫様。白い髪に赤の双眸をもっているとされる、最も神聖な女性。
その、命令で彼は動いていたというのか。
「ステラの伝言を伝えにきてくれてたのも、命令なの……?」
「そうだ」
「お兄ちゃんを助けたのも?」
「ああ、そうだ」
絆があると思っていた。アルバートに惹かれて、彼も同じように思ってくれてるんじゃないかなんて、考えたりして。
───全部がアルバートの肯定によってひび割れていく。
「───どうして?」
それは、ジュリア自身にも意味の分からない台詞だった。
「私は、あなたのこと……っ」
彼に手をのばし、その腕に触れようと───
乾いた音がして、ジュリアの手は弾かれていた。
「───私は騎士だ。騎士として、使命を全うする」
アルバートの唇から紡がれる言葉は、何も意識にのぼってこなかった。
騎士達の足音が遠ざかるのを感じる。喪失感に打ちのめされ、ジュリアは床に座り込んでいた。
手枷をはめられ、目隠しをしてヴァンスは歩かされていた。
なにかがこすれる音がしたと同時に背中を蹴り飛ばされ、受け身もとれずにころがる。
「いっ…てぇ……」
石畳に全身を打ち付け呻いていると、
「だいじょうぶ…?」
幼い少女の声がして、目隠しが外された。
瞬きしながら顔をあげると、心配そうな顔の少女がいた。
銀髪に、青瞳。
ヴァンスは早口で問いかける。
「ステラは⁉」
「…ステラおねえちゃんは、ろうからだされたよ。ちょっとまえに」
「やっぱりか…」
少女はサラと名乗った。それから不思議そうに、
「あなたは、こわくないの…?わたしはけがれてるんだよ?」
「───怖くないよ」
サラは目を見張り、瞳に光を宿して、
「あなたが、ヴァンス?おねえちゃんのいってたひと?」
「ああ。俺がヴァンスだ」
ステラが自分のことを話してくれていて、嬉しい。信じられているのだと分かって、今ならなんでもできそうだ。
「───捕まってんのに、思いのほか元気だな」
悪意のある声がして、ヴァンスは振り返った。
連行したときにもいた、灰髪の騎士だ。
「諦めは悪いんでね。何の用だよ」
「別にぃ?憐れみにきただけさ」
牢の中にいるだけに、立ち去ることもできない。いらいらするのを自制心を総動員して抑える。
「安心しろよ、お前は《穢れた者》の処刑が終わればだしてやるから。…ああそうだ、信じ切った目をしてたぜぇ?助けになんてこねぇのに、あれは笑え……」
「───黙れよ」
ヴァンスに対する暴言なら、許せた。
だが。
「ステラの侮辱は、許さない」
───地下室を剣気が席巻し、騎士が身を引いた。剣気は上の階にいた騎士達も感じたらしく、儀式に参加しない者達が下りてくる。
「檻の中で、しかも手が拘束されてんのに、何をやるつもり───」
「───こう、するつもりだよ」
カランカラン、という音が響き、ヴァンスの腕も拘束していた手枷が外れた。金属の枷は奇妙な形にちぎられてしまっている。
騎士達はぽかんとし、ねじ切られた枷を見つめて硬直していた。
ヴァンスは何の気負いもなく檻の鉄棒を握った。それだけで金属はひしゃげ、簡単に人が一人とおれるくらいの幅まで広がった。
「…感謝するよ、ドラゴン様」
そう。ヴァンスは地道に力を使い、己の体になじませてきた。とはいっても、せいぜい左腕を動かすくらいが限界で、ここまでの力が使えるとは正直思っていなかったが。
今までとは違う。しっかりと、力が根をはっている感覚があるのだ。
「さあ───やるとするか」
ヴァンスは翡翠色の瞳に戦意を宿し、剣がないので拳を構え、獰猛に笑った。