43.微笑
足音が聞こえ、ステラは閉じていた瞼を持ち上げた。
窓がないので時間の感覚がおかしくなっているが、今は昼のはずだ。怪我人だろうか、と考え、治療箱に手をのばしかけるがすぐに違うことに気付く。
数人の騎士がステラのいる窂の前で立ち止まり、扉を開けた。どさりという音がして、再び鍵がかけられる。
騎士達が去っていくと、ステラはわずかな光をたよりに投げ入れられた何かに近付いた。
───それは、幼い少女だった。
肩のあたりまでの銀色の髪。双眸は閉じられているが、おそらく青い瞳だろう。
この少女は、ステラと同じように《穢れた者》として連れてこられたのだ。
これまで、ステラのほかに窂に入っている者はいなかった。もともと少ないのもあるが、二十歳を過ぎれば処刑されるからだ。
「…そっか……もう、一年もないんだ……」
───自分が海に沈められるまで。
ステラの生まれたのは乾いた冬の日だったそうだ。星々に見守られて生まれてきたと聞いたことがある。
両親に自分の名前の由来を聞いたとき、窓辺で星空を眺めながら話してくれたのだ。
『ステラ、あなたは空気が澄み渡って、星が綺麗な夜に生まれたの。───どんなときも輝いていてほしいと思って、星ってつけたのよ』
懐かしさに笑みがこぼれる。
そのとき、気を失っていた少女が目を開けた。
「目、覚めた?」
優しく声をかけると、少女は怯えたように、
「だれ……?」
「私はステラ。……何があったか、思い出せる?」
「……ぁ」
記憶を辿るうちに自分の置かれた状況を理解したのだろう、小刻みに震える少女をそっと抱き締めた。
「大丈夫。大丈夫よ」
「な…んで……?ころされちゃうんでしょ……?」
幼いながらに、自分が何と呼ばれているか知っているようすの少女。少しでも安心させてあげたくて、
「───助けにくるって、待っていろって言った人がいるの」
「───」
「私はその人を信じてる。…ヴァンスがきてくれるって」
ヴァンスがそう言ったから。言ってくれたから。
だって。
「ヴァンスが嘘をついたことは、一回もないもの」
だから、何も心配することはない。
少女の震えが徐々におさまり、ステラは目を合わせた。
「あなたの、名前を聞かせて」
「───サラ」
少女───サラは、大きな蒼玉のような瞳でステラを見つめ返す。
「良い名前ね。……サラ、って呼んでもいい?」
「これからよろしくね、サラ」
───髪を指で梳きながら言うと、サラは初めて微笑みを見せた。