4.理由
「お願いだから、止めないでくれ…。俺に、ステラを助けさせてくれ……っ」
涙声を聞いて、分かった。
最初睡眠すらとっていないと聞いて、兄が───ヴァンスが狂ってしまったのかと思っていた。
違う。
ヴァンスは狂って無茶な行動に出ているのではない。───正気を保つために、こうしているのだ。
何もかもを切り捨て、強くなってステラを助けるのだという信念で、正気でいようとしている。
だって、そうしなければ。
大切な人が連れ去られ会うことが叶わず、それどころか命の残量さえ決められてしまっている。同じような境遇で助かった者はなく、助けられる可能性はほぼゼロに近い。
これで、どうして狂わずにいられるのだ。
正気を失わないために己の肉体に無理をさせるヴァンスを、きっと誰もとめることはできない。
───ステラに助かってほしいのは、ジュリアも同じなのだから。
でも。
ヴァンスが心配なのも、ジュリアの本心だ。
「お兄ちゃん、せめて必要最低限の睡眠と食事だけはとって」
「それは…」
「───同じ事をやるのでも、疲れ切ってるときとそうじゃないときは質が全然違う。どうせなら、効率よくやったほうが良い」
ヴァンスはじっとジュリアを見ていたが、やがて頷いた。
「…俺、料理とかできないけど…」
「しょうがないから、私が一緒にいる。それで問題ないでしょ」
呆気にとられたように口を僅かに開き、
「…ああ、頼んだ」
どこか諦めたように笑うと、ヴァンスは頬に残る涙のあとを手で拭った。
それから、二人は今日泊まるところを探すために歩き出したのだった。