39.変化
───アルバート一人では、六人もの遺体を運んでくることは不可能だった。それでも、髪の毛と、服の切れ端ぐらいはと、布に包んで持ち帰った。
母は気丈に振る舞っていたが、見えないところで涙を流していることを、アルバートは知っていた。大人しいが優しげな微笑を浮かべていたルナサも、無表情で何も語らなくなってしまった。
「…それから、私は強くなりたいと魔獣と戦うようになった。……ヴァンスと同じように」
やがて実力を買われ、騎士叙勲を受けたのだと、アルバートはジュリアに話した。
───想像していたのよりはるかに壮絶で、痛ましい半生。
何か言わなければ。でも、何を。
普段あれほど口が回るのに、今この瞬間、何も出てこない。
押し黙ったままのジュリアを見て、アルバートが口の端に弱々しい笑みを浮かべた。
───彼は、ずっと自分の心に蓋をしてきたのだろうか。
哀しみを封じ込め、偽りの笑みで覆って。騎士となったことが、それに拍車をかけた。
だとしたら───
方法が、これしか思いつかないけれど。
ジュリアは、椅子をアルバートに近づけ、腕を伸ばして彼の体をそっと引き寄せた。
寄りかかるような体勢になったアルバートが体を起こそうとするが、ジュリアは手に力を入れて止める。
「…ジュリア、これは……」
「じっとしてて」
「だが、私は騎士だ。女性に寄りかかるなど……」
「今日は非番でしょ?なら、今は騎士じゃなくてただのアルバートだよ」
言葉に詰まったアルバートは、しばし躊躇ったあと力を抜いた。ジュリアは少し体の向きを変え、アルバートの頭を胸に抱き入れる。
「…何故」
「できること、これぐらいしかないから」
「私は別に…」
「───辛かった、よね?」
アルバートは微かに体を震わせ、沈黙した。
「私は分かるなんて言ってあげられない。でもね」
「辛いときは、頼っていいんだよ?」
「───っ」
後ろからアルバートの体を抱いているジュリアには、顔は見えない。見えないのに、彼は顔を覆った。
少しでも、彼の心を温もりで癒やしてあげられたら。
完全に癒すことは無理でも、息をつく瞬間を作ってあげられたら。
───いつしか、二人の息遣いは穏やかな寝息に変わっていた。
朝日が当たり、ヴァンスは目を覚ました。
寝ているのが自室のベッドだと気づき、慌てて飛び起きる。気付かれないうちに森へ出かけようとして、硬直した。
それもそのはず、ベッドのわきの椅子に座ったジュリアとアルバートが、ぴったりくっついて眠っていたのだから。
しかも、ジュリアが後ろからアルバートを抱きしめている形だ。普通逆だよな…と考えてから、いやいやいや、と首を振る。
クエスチョンマークが脳内をぐるぐるし、必死に頭を働かせて───
ヴァンスは何もなかったかのように横になり、布団をかぶることを選択した。横を向き、「どうなってるんだ⁉」と叫びたい気持ちを抑える。
幸いといっていいのか分からないが、ジュリアとアルバートはわりとすぐに目覚め、ヴァンスはたった今起きたようによそおった。
「あ、お兄ちゃん!起きた……って、何か顔赤いけど、熱でもあるの?」
「……顔の赤さで言えばアルバートには敵わないけどな。何も知らないけど」
「…。……。ふむ、何のことかさっぱり分からないな」
「今の間はなんだよ。あと、何も知らないって言ったの聞こえなかったか?」
誤魔化すのが下手なアルバートは耳まで赤い。
ジュリアはやり取りに笑うと、朝食の用意をしてくると言って部屋を出て行った。アルバートがはっとした顔になる。
アルバートの休みは一日だけ。つまり、無断で騎士の役目をサボっていることになる。
「せめて朝食は食べていけよ。間に合わないのに変わりはないんだし」
騎士はため息をつくと、椅子を片付けた。
ヴァンスはベッドに腰掛け、
「……なんていうか、昨日は悪かった。迷惑かけて」
「私も感情的になってしまったところがある。───謝罪はジュリア達に」
素直に頷いたヴァンスに、アルバートは少し驚いたように言った。
「私としては、起きた君が森へ行こうとするのを止める展開を想像していたのだが」
「展開って。なんか吹っ飛んだんだよ。……主に朝の衝撃的な光景で」
後半は口の中だけでささやく。
それから、勢いをつけて立ち上がると、
「なぁ、提案があるんだけど」
ヴァンスの提案を聞くと、アルバートは瞑目してから顎をひいた。
「いいだろう。…来週はそのように」
「ああ、頼む」
ぐっと握手をかわし、ヴァンスはふと思う。
「…何か変わったな、アルバート」
先週会ったときよりも感情が表に出ている気がする。前よりずっと良いと思う。
───絶対に口にはしないが。
引きつった表情のアルバートをつれて、ヴァンスは部屋を出た。