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38.慟哭



「魔獣の群生地に……⁉」


大人達は揃って大声をあげた。中には顔を覆っている人もいる。

───ルナサから話を聞いたアルバートは、すぐさま自分と友人の両親を集めて伝えた。

時間がないが、自分達ではどうにもならない。そう思ったが故の判断だった。



───アルバートが帰った後、カレンとレオ、ルイ達は三人だけで相談していたらしい。


「これから支度して、バレないうちに行こう」


「でも、さっきアルバートに行かないって……」


「ああでも言わないとアルバートはきかないじゃない」


それを耳にしたルナサが慌ててアルバートに伝えにきたというわけだ。



「……とにかく、早く連れ戻さないと」


レオの父親が焦りを滲ませ言った。今なら魔獣の群生地に入る前に、追いつけるはずだと。アルバートとカレンの父も頷いた。

念のため短剣を持って追いかけようとする父に、アルバートは声をかける。


「僕も行く!」


「お前が行っても…」


「なら、ただここで待ってろって⁉」


一歩も引かないアルバートに、父が折れた。

争っている時間がなかったのもある。重い短剣を受け取り、アルバートはルナサを見た。


「連れて帰ってくるよ。ルナサはここで待ってて」


不安そうな彼女に頷きかけ、四人は群生地の方向へ走り出した。




友達の姿を探しながら走り、ついにアルバート達は群生地帯の入り口まできていた。

息を吸い、結界の中に入る。


───結界の内部は不思議な空気に包まれていた。

ひんやりとした、肌が粟立つような不快な空気。

声が聞こえた気がして、そちらへ走る。

不安を何度も打ち消して、走って、走って。

木の根に足をとられて転びそうになり、態勢を整えて顔をあげた先に───




───うつぶせで倒れる、カレンとレオ、ルイの姿があった。

その近くには群れをなす蜂型の魔獣が。

レオの父が咆哮をあげ、魔獣の中につっこんでいった。カレンとアルバートの父も、それに続く。

魔獣の意識が三人に向いている間に、アルバートはカレン達を引きずり、蜂から離した。

おもだった外傷はなかったが、目は閉じられたまま。


「カレン、レオ!ルイ……‼」


揺するが、何も反応が返ってこない。触れた体はやけに熱く、額にはびっしりと汗が浮かび、浅い呼吸を繰り返している。

そして、アルバートは『それ』に気付いた。

───全員の体に、何かに刺されたような痕があることに。



背後で、どさりという音がした。



強張った首を動かし、振り向く。



───魔獣と戦っていた三人が、巨大な蜂に刺され、倒れ込んでいた。





後に、アルバートは知った。この魔獣の群生地が、ヴェレーノ()の森と呼ばれていることを。

その名のとおり、猛毒を持つ魔獣達が蔓延(はびこ)る森だ。


これまで何度もヴェレーノの森に来たことのあるレオの父親は普段、結界と外の境界線部分で戦っていて、危なくなれば下がって結界から出る、という方法をとっていた。だから、毒の恐ろしさを知らなかった。

───自分達で、何とかできると思ってしまった。


結果が、これだ。



倒れた者から視線を外し、蜂の魔獣がアルバートに目をとめた。


そのとき、うっすらとカレンの瞼が持ち上がった。光が薄れた瞳でアルバートを捉え、目尻から一滴の雫が零れる。


「カレン……?」


「───アル、バートの言った通りに、すればよかった」


掠れた音が漏れる。死の羽音が近づいてくるのも無視し、アルバートはカレンの声を聞こうと顔を近付けた。


「ごめ……んね、アルバート……」


謝罪の言葉とともに、震える手が持ち上がった。アルバートの頬に、触れようと、して───



ぱたりと、ささやかな音がした。

糸が切れた操り人形のように、手が地面に落ちる。

───アルバートに、触れることなく。




俯き、カレンのなきがらを抱えたままぴくりとも動かないアルバートのすぐそばに、魔獣がやってきた。カレン達のときと同じように針を突き出して、肉を貫き致死の毒を───



そうは、ならなかった。


金属がこすれる音が響き、逆に貫かれた魔獣が地に落ちる。

死骸を踏みつけて短剣を抜き、アルバートは隣の魔獣に斬りかかった。

一体を斬り捨てたらまたその隣の、襲いかかってきた数匹を()ぎ、狂ったように(ほふ)り続ける。


針を避け、動きの止まった魔獣を切り裂く。

───哀しみと憎悪を原動力に動く剣になれ。

邪悪な魔獣は肉片に、仲間を助けられもしない無力で愚かな自分は地獄に堕ちろ。


自分をすり減らしながらの破壊は、やがて終わった。

斬られ、地面に落ちてなお羽を動かす蜂に剣を振り下ろす。剣は骸の山に墓標のように突き立った。







───ひとりで戻ってきたアルバートを見て、ルナサがしゃがみこんだ。決して、安堵からそうしたのではないことは、全員が分かっていた。


アルバートは、ひどい有様だった。

返り血で全身は赤く染まり、服もところどころ破れている。何より───目が。

アメジストの瞳に力はなく虚ろで、何も映ってはいなかった。


「アルバート……」


「……母、さん」


ふらりと母に歩み寄り、アルバートは地面に膝をついた。冷え切った母の腕を感じ、うわごとのように呟く。


「僕…ぼくは……」



───誰も、助けられなかった。



「あ……あぁ……っ」


声にならない声がこぼれ、今さらのように体が震え出した。


布で包んだ『もの』を握り締めて、絶叫する。

───夕焼けに沈む街に、胸を引き裂かれるような慟哭が響いた。

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