35.哀切
夕闇に沈む街を出て、森に入る。アルバートは油断なく剣の柄に手を置いて、気配を探りながら歩いていった。
微かに金属音が聞こえ、そちらに向かって走り出した。木々を避け、転倒しないよう気をつけて走る。
───ひらけた草地に、見慣れた金髪を見つけた。
安堵を覚え、呼びかける。
「ヴァンス」
アルバートの声に振り返ったヴァンスの顔は何の感情も宿していなかった。
青白く見えたのは何も月明かりのせいではないだろう。ジュリアの話を聞くと四食抜いたことになる。
ヴァンスはかがんでなにやら作業していた。ここからではよく見えず、近づいて───息をのむ。
───地面に、巨大な蜂の姿をした魔獣の骸が何百と転がっているのだ。
「……これは」
「───群れで襲ってきた。全部倒した」
それ以上の説明をせず、ヴァンスは作業を続けた。
手にした小刀で魔石を取り出し、魔獣の体をずらして───針を切り取った。
「───ッ!」
強い毒のある針をヴァンスが手にとるのを見た瞬間、アルバートは弾かれたようにとびだし、彼の手首を押さえた。骨が軋む痛みに、ヴァンスは針から手を離す。
「何のつもりだ」
「……これを使って毒に対する耐性をつけようと思って」
アルバートは無言で手のひらを開いた。地面に落ちた針をどこか恐れるような手つきで拾い、剣を一閃した。思いのほか脆い針は粉々に砕けた。
剣を鞘におさめ───
ヴァンスの頬を張った。
破裂音。ヴァンスが呆然と張られた頬をおさえる。
「───二度と、そんな真似をするな」
───初めて見せた、アルバートの怒りの表情。
それは、哀しげなものにも見えて。
「君は知っているのか?───その毒で何人も亡くなったことを」
「───」
「私は……もう繰り返したくはない」
哀切に満ちた瞳を揺らし、アルバートは空を見上げた。
───まるで、二度と会うことが叶わぬ相手との思い出を辿るように。
ヴァンスが身動きしたことで、静寂は破られた。
ゆらりと立ち上がって、森の奥へ歩いていこうとする。
疲れきった状態でこれ以上魔獣と戦うのは、さすがに見過ごせない。少しばかり乱暴な方法だが───
アルバートは気配を殺して近付き、後ろから首の適切な場所を絶妙な力加減で押さえた。呼吸困難に陥り暴れる体が徐々に力を失い、ヴァンスの全体重がアルバートにかかる。
アルバートはヴァンスをそっと背負うと、向きを変えて街のほうに歩き出した。