33.口論
「お兄ちゃん。……話、しよう」
返事はなかったが、ヴァンスの隣───ベッドに腰掛ける。
「お兄ちゃんは、なんでレティがああ言ったと思う?」
「……分からない」
その答えに早速ジュリアはいらっとするが、深呼吸して心を落ち着かせる。
「ちゃんと考えてよ」
「…考えたよ。考えたけど分からないんだ」
「───分からないんじゃなくて、理解しようとしてないだけでしょ?」
ついつい語調がきつくなってしまう。普段ならヴァンスは聞き流し、口論にはならなかっただろう。普段だったなら。
───今は、ヴァンスのほうも余裕がないのだ。
「理解しようとしてる。でも───言ってくれなきゃ、分からないんだよ!」
「───」
「俺が何か悪いことをしたのか?悪いことを言ったのか?……全部全部ぜんぶ、分からないんだ!分からないのに教えてくれないで分かれって言われたって…俺は!どうすればいいんだよ⁉」
「───ッ!こっちだって、言いたいのよ!」
「なら言えばいいだろ⁉」
これまで喧嘩という喧嘩をしたことがなかったジュリアとヴァンスが、怒鳴りあう。
「言えるものならとっくに言ってる!言えないから察してって言ってるんでしょう⁉」
「何で言えないんだよ!せめて話せない理由を教えてくれよ‼」
言えない。言えるわけない。
話せない理由も、全てつながっているからだ。
ジュリアは荒い呼吸を整える。
「……レティが、お兄ちゃんのことどういうふうに見ていたか分かる?」
「レティが俺を……?」
「レティはずっと、お兄ちゃんを見てる。それがなんでだか、分かる?」
「……!…まさか……でも、なら何で……」
息を吸い、とめた。
それから、決定的な言葉を口にする。
「───お兄ちゃんは、レティをレティシアとして見てる?」
ヴァンスが硬直した。
唇を震わせるが、何も言葉が出てこない。
「…レティは、お兄ちゃんが自分を見ていないことを分かってる。誰を想ってるかも分かってる。───お兄ちゃんが自分を見ながら誰を思い出していたかも、分かってるの」
「お…俺は……」
「───ここまで聞けば、レティがお兄ちゃんを避けてた理由もわかるでしょう」
ヴァンスは右手で顔を覆った。
───伝えるべきことは伝えた。あとは、自分で考えればいい。
兄の横顔を見つめていると、僅かに頭が腫れているのがわかった。おぼんで叩くのは少しやりすぎたかと後悔する。
ジュリアは立ち上がって部屋を出、氷を布に包んで戻ってくると、そっとヴァンスの頭にあてた。
───無言のまま、兄妹は寄り添っていた。