32.拒絶
───早くも五年が経過し、ヴァンスは二十歳になっていた。
ステラが海へ突き落とされるまであと一年しかない。
ロイドの店で魔石を買い取ってもらい、ヴァンスは街のはずれへ向かう。
人が少ない区画の中、ぽつんとひとつだけ大きな建物が建っている。
───一年ほど前、ようやく施設が完成したのだ。
施設には年齢がさまざまな人々が住んでいる。年上の者が年下の面倒を見る、というルールがいつの間にかできあがっていた。
もちろん、施設に住む者ばかりではない。家族と離れたくないなど、施設で暮らしたくない人には風呂場だけの利用も許可している。
レティシアのように、銀か青の特徴を持つ人々。
───差別を受けてきた者達だ。
未だに口をきいてくれない子もいる。
「そう簡単には、いかないよなぁ……」
ジュリアは仕事をやめて施設の利用者のための料理を作っていた。宿には時々手伝いに行っているらしい。アルバートとの約束の場所が変わらず宿となっているのもある。
「……あ」
誰かが施設に入っていこうとするのが見えた。フードの感じからしてレティシアだろう。
「おーい、レティ‼……って、あれ?」
レティシアは振り返ると、言葉を返すことなく逃げるように入っていってしまう。
なんだか、最近レティシアに避けられているような気がする。
小さかった彼女も今では十五歳だ。背ものび、女性らしい体つきになってきた。
「反抗期……か?」
ジュリアはそういうことはなかったため、分からない。ヴァンスはため息をつくと玄関の扉を開けた。
ジュリアは夕食の準備をしていた。
「ごめんレティ、手伝ってくれる?」
レティシアはこくりと頷くと、ジュリアの隣に立って焦げ付かないよう鍋の中身をかき混ぜ始めた。
「ねぇ、レティ。───お兄ちゃんと何かあった?」
問いかけると、レティシアは下を向いた。やっぱり、とジュリアは、
「もしよければ、相談にのるよ?」
レティシアはじっと鍋を見つめていたが、やがて口を開いた。
「……別に、何か言われたわけじゃないです。ただ」
「ただ?」
「……ヴァンスは、私を見ていない。私の目を通して、別の人を見ている。それが、苦しいんです。……耐えられないんです」
ジュリアは、言葉に詰まった。レティシアのいいたいことが分かってしまったからだ。
レティシアがいつも誰を見ているか、ジュリアは知っていた。───だからこそ、何かあったかと聞いたのだ。
彼女は想い人が見ているのが自分じゃないと、理解してしまっている。もしかしたら、最初から分かっていたのかもしれない。
何と言ってあげればいいのだろうか。
───分からない。
ぐつぐつという音と、野菜を切る音だけが響く。
沈黙を破ったのは───
「あ、ジュリア。ただいま」
今まさに話していたヴァンスだった。間の悪いことこの上ない。レティシアが体を強ばらせるのを見て、ジュリアはわきにおいてあったおぼんを掴み───
「痛ぁ!」
快音が響き、ヴァンスが額をおさえた。
「な、何を……」
「お兄ちゃんの馬鹿!鈍感!もう知らないんだから‼」
「いきなり罵倒⁉」
普段、ジュリアはヴァンスの側につくことが多い。───だが、今回は全面的にレティシアの味方だ。
「レティ」
おぼんの攻撃を受けて顔をしかめていたヴァンスがレティシアを見て微笑んだ。いつもと変わらない笑み。───それが、ひどくレティシアを傷つけた。
「───ぅ、く」
「……レティ?」
「……どう、して。どうして、私を見るんですか……?」
キッチンの床に座りこんで、レティシアが涙声で叫ぶ。
「やめて…やめてよ……私を……わたしを見ないで……っ」
「───っ」
頭を抱えてうずくまり、子供のように嫌々をして、レティシアはヴァンスを『拒絶』した。
ヴァンスは頬を叩かれたように顔を歪め、身を引くと、
「ごめんな───レティシア」
───初対面のときから愛称で呼び続けていたヴァンスが、レティシアと呼んだ。
そのまま、とぼとぼとキッチンを出て自室に向かっていく。
───ヴァンスは夕食の席に顔を出さなかった。
呼びにはいったのだが、憔悴した声で食欲がないと言われてしまい、戻るしかなかった。
───ショックを受けてはいても、レティシアの本心にはきっと気付いていないだろう。そのことにもどかしさを覚え、迷った末に兄の部屋のドアを叩いた。
「お兄ちゃん。……話、しよう」