31.憧憬
───もう、ここを訪れるのも何度目になるだろうか。
暗い階段をおりていくと、微かな衣擦れの音が聞こえた。
「……起きていたのか」
問うと、頷く気配。アルバートは灯りをともし、早速本題に入る。
「君の、ご両親からの伝言だ」
ステラが目を見張り、青い双眸にオレンジ色の光が映った。その美しさに息をのむ。
アルバートは咳払いし、言葉を伝えた。
───ステラのこと忘れてないし、会えるって信じてる。ヴァンス君が助けてくれるって。
ステラ、あなたは穢れてなんかいないわ。
優しいあなたが穢れてるわけない。
私達は何もできないことが悔しい。
悔しいけど、悔しいからこそ、願ってる。
だから───帰ってきてね、ステラ。
待ってる。───
アルバートにヴァンスへの伝言を頼み、階段を上っていく音をぼんやりと聞いた。
母の、言葉だった。───紛れもない、母の言葉。
「……さん」
「……あさん…お母さん、おかあさん……っ」
アルバートの前で必死に堪えていた感情が、溢れ出す。
持ち上げた手が鉄の棒に触れた。金属を握りしめ、頬を冷たい硬質なものに押し付け、肩を震わせる。
ステラは声を押し殺して、命のない檻の鉄棒に縋って涙を零した。
───頬に残る涙のあとを拭い、ステラは胸元に手をやった。
服の内側から取り出したのは───ペンダントだ。
本来、《穢れた者》が装飾品を身につけることは禁じられているのだが、ステラはこっそり隠してつけていた。
金色の煌めきをもつ石が入ったペンダント。
───ヴァンスから貰った、ステラの宝物。
「ヴァンスはきいたよね……何で欲しかったのかって」
まだどこか濡れた声で、囁く。
あのときは恥ずかしくて言えなかったけど。
次に会ったときに、言えたらと思うから。
彼に欲しかった理由を話したら、驚いてくれるだろうか。
嬉しいと思ってくれるだろうか。
───ヴァンスの髪の色と同じだったから、なんて言ったら。
───宿の窓辺で、ヴァンスはペンダントを空にかざしていた。
青い光が混ざり、生み出される不思議な色合いを眺める。
ペンダントの向こうに、景色が見えた。
金髪の少年と、彼を見つめる青い目の少女。
そのとなりには、少年と同じ特徴を持つ少女と、騎士服を着た青年。
他にも、沢山の人々に囲まれていて。
皆笑顔で、幸せそうで。
ああ、いいな、とヴァンスは思った。
───人々の姿が、光にとけて消えた。
思い出を首に、憧憬を胸に、想いを支えに立ちあがる。
───この道が、描いた未来へ続くと信じて。
ありがとうございました。
次回からは年月が流れ、二十歳になったヴァンスの視点となります。
ステラは十九歳、ジュリアは十八歳です。
これからもよろしくお願い致します。