30.出発
───祭りから帰り、出発するときが近付いていた。
荷物をのせた馬車では半日近くかかる。お昼過ぎに出なければ、今日中に帰れない。
ヴァンスはポケットから小さな紙袋を取り出した。二つあるそれを両親に渡す。
「たいしたものじゃないけど……自分の金で買った」
紙袋の中身はお守りだ。お守りを目にし、母は顔を歪めた。
「ちゃんと、帰ってくるのよね……?」
懇願するような声。お守りを───息子からのプレゼントを握りしめて、母はじっとヴァンスを見ている。
───もう会えないかもしれないから、渡したわけではない。
帰ってくるから、それまで元気で待っていてくれますようにと願いを込めて、渡したのだ。
だから、そのお守りはヴァンスの決意。
「ああ。帰ってくるよ、絶対に。───子供のころから、俺が約束を破ったことがあったか?」
母は無言で首を横に振った。───これで母には伝わったはずだ。
ヴァンスは少しかがんでレティシアの目線にあわせ、
「なるべく早くお金をためて、施設作るから……それまで、待っていてくれ」
レティシアはこくりと頷き、数秒躊躇ったあとヴァンスに抱きついた。
「ヴァンス……」
ヴァンスはレティシアをそっと抱きしめると、体を離す。レティシアの大きな青い瞳を間近で見つめて、柔らかく微笑んだ。
驚いたように目を見開く彼女の顔が赤くなっていく。
頬を染めたレティシアは目をそらすと、ヴァンスの両親の後ろに隠れてしまった。
何かいけないことをいったかとヴァンスははて、と首をひねる。ジュリアと母がため息をついた。
「……?」
「何でもない。───お兄ちゃん、そろそろ」
荷物を確認し、ヴァンスは両親とレティシアを見る。
「───っ」
突然、感情の奔流が押し寄せてきて、流されそうになる。
ずっと、この家にいられたらどんなにいいことか。
揺らぎを悟られぬよう、目を閉じた。右手を持ち上げ、ペンダントに触れる。瞼の裏にステラの微笑が浮かんだ。
息を吐く。これで、大丈夫。もう、大丈夫だ。
「それじゃ、また」
家族に背を向け、歩き出した。まっすぐ前を見据えて、振り向かない。振り向いたら、きっと両親にすがりついてしまうから。
「ヴァンス」
父の声がかかった。ヴァンスは立ち止まる。
「いつでも帰ってこい」
「───ぅ」
かすれた声が漏れた。
卑怯だ。そんなのは。
さっきとは別の理由で振り返れない。今の表情は、見せたくない。
少し寂しげなレティシアに、胸の前で手を組んで祈るように見ている母に、いつもと変わらぬようすで立っている父に、こんな情けないところは見せられない。
だから、前を向いたままで。
「ありがとう。───行ってきます!」
叫んだ。
「…お前、ヴァンスもしかして……泣いたのか?」
「な、泣いてない!察しろ!空気の読めない商人なんてどこにいる……ここにいた!」
───待ち合わせ場所でロイドに照れ隠しして、ジュリアに生暖かい目で見られたのはまた別のお話。
ありがとうございました。
更新遅くなり申し訳ありません。
明日は早めに投稿したいと思っています。読んでくださっている方々、これからもどうぞよろしくお願い致します。