3.懇願
「…ジュリア?」
「お兄ちゃん」
ヴァンスは金髪緑眼の少女───ジュリアと二年ぶりに再会した。
「…何で、ここに?」
「お兄ちゃんから連絡もないし、元気でいるか不安になって」
「そうか」
それだけ聞くと、ヴァンスはジュリアの横を通り抜けて、街に入った。そのまま振り返ることもなく、ヴァンスは歩いていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」
「───元気でいるか確かめたなら、あとは用ないだろ」
ジュリアが絶句するのが分かったが、構っている余裕はない。一秒が惜しいのだ。
「…どこにいくの?」
「魔石を売りに行く」
「なら、せめてお兄ちゃんの家を教えて。帰ってくるまで待ってるから…」
ヴァンスはため息をつき、足をとめて振り向いた。
「家なんて無い」
「───」
ヴァンスが人混みに紛れ、見えなくなってもジュリアは立ち尽くしていた。
久しぶりに会った兄は、変わってしまっていた。かつての面影は、どこにも残っていない。
緑色の瞳に強い光を宿し、無表情な兄の姿。
───ジュリアには、その姿がどこか哀しげに見えた。
魔石をいつもの店で買い取ってもらい、公衆浴場へ行ったあと、ヴァンスは再び街の入り口近くに立っていた。
理由は───
「…まだ、いたのか」
先ほどと同じようにジュリアは待っている。
ヴァンスの声に、ジュリアはこくりと頷いた。
「家がないなら、お兄ちゃんはどこで寝てるの…?」
「寝てない」
「…え?」
「だから、寝てない」
ジュリアは何度か口を開閉させ、
「…二年間?」
「二年間」
硬直したジュリアを見ていたら、次第に苛立ってきた。
こんな、こんな話をしている時間はないのに。
強くなる。それ以外を切り捨てて、全力を注がなければ助けられない。
ステラが二十歳になるまで、あと六年。六年しか、残されていないのだ。
ジュリアに背を向け、ベスティアの森の方向に行く。数メートルも歩かないうちに、視界がふらりと揺れた。
「お兄ちゃん!」
よろめいたヴァンスを支えようとジュリアが駆け寄ってくる。その手を振り払い、
「いつもの、ことだ」
体は回復薬のおかげで元気なはずだが、消えない空腹と精神的な疲労が肉体に影を落としている。
「いつものことって…大丈夫じゃないよ」
「…俺は良いんだ。休んでる暇があるぐらいなら、一回でも二回でも多く剣を振る」
「そんなことしてたら…」
「───そうしなきゃ、あいつを…ステラを助けられないんだよ‼」
行き来する人々が何事かとヴァンスとジュリアを見るが、二人はそれにすら気付かない。
激情とともに頬を伝った一滴の雫は、地面に落ちて消えた。
ジュリアが、目を見開く。
「お兄ちゃん…」
「お願いだから、止めないでくれ…。俺に、ステラを助けさせてくれ……っ」
───涙を零し懇願する兄を止める手段を、ジュリアは持たなかった。