28.安静
───体が重い。
意識が浮上してきて、最初に感じたのは全身の重さだった。
体の中に鉛を流し込んだかのような倦怠感。
瞼を開けると自室の天井が見え、何があったか思い出す。
家にたどりついた直後、全身から力が抜けたのだ。地面に倒れ込んだところで、記憶は途切れている。
重さに抗い体を起こすと、右手と左手をそれぞれジュリアとレティシアに握られていることに気付く。すうすうと穏やかな寝息をたてる二人を起こさぬよう、手を離して立ち上がった。
とりあえず階下に行こうと、部屋を出て数歩歩き───
「あれ」
視界がぼやけ、体がふらついた。
頭を壁に思い切りぶつけ、呻く。
「いっ……」
───音で目が覚め、ヴァンスがいないことに気付いてやってきたジュリアに「あ・ん・せ・い‼」と怒鳴られるのは数分後のことだった。
「……全く。お兄ちゃんは目を離すとすぐ無理するんだから」
「本当ね」
ジュリアの声に何事かとやってきた父に無理矢理ベッドまで運ばれ、今は横たわるヴァンスの横でジュリアと母、レティシアが座っている形だ。父は…追い出された。多分、一人寂しく昼食のサンドイッチをほおばっているのだろう。少しだけ、同情した。
「聞いてるの、お兄ちゃん」
「ハイ…スイマセン」
ジュリアにじとっと見られ、ヴァンスは謝るほかない。
「もう……心配かけないでよね」
「努力はするよ」
頷きはしない。守れるか怪しい約束はしないのが一番だからだ。
ヴァンスの返事に女性陣ははぁぁとため息をこぼす。見事なシンクロ。
ジュリアは諦めたように首を横に振ると、
「…昨日のこと、詳しく教えてもらってもいい?」
「ああ、いいけど……昨日って言った?」
話によると、昨日の夕方から昼までずっと寝ていたらしい。
空白の時間がどれくらいだったのか納得し、ヴァンスは気を失う前のことを細かく説明した。
「なんか急に、熱かったのが寒くなってさ。多分だけど……」
前置きし、ヴァンスはどう言葉にすればいいか迷いながらもそれを口にする。
「───身の丈に合わない力を行使したから、だと思う」
───僅かな時間だが、奇跡のように左腕を動かした力に体が負けてしまったのだろう。
強大な力にヴァンスの肉体は耐えきれず、限界を迎えたと考えれば説明がつく。
しかし、あの力は何だったのか。
再び動かなくなってしまった左手を見て、ヴァンスは思索に沈む。
黙考するヴァンスを置いて、ジュリアと母が話を続けていた。
───ふと、思考の隙間に、ジュリアの声が滑り込む。
「もしかして、『竜の力』……?」
小さな呟きを拾い、脳がその意味を理解し───
「えっ、嘘だろ?」
力をちょっと使っただけでぶっ倒れてこの消耗とか、使えない。と考えてから、ヴァンスは竜の言葉を思い出した。
「竜は、これを言ってたのか……?」
───去り際に竜が残していった言葉。
『力を思い通りに出来るかは、貴様次第だ』
元々竜の力は人間が持つには大きすぎるのだ。
だが、竜はこうも言った。
『……努力すれば、いずれ己のものとなる』
───つまり、不可能ではないということだ。
「努力次第、か。───得意だよ、努力」
きっかけは掴めた。あとは、修練するのみ。
「よし、じゃあ早速左手を動かして……」
「安静、って言ったよね?」
言葉を遮られた。ジュリアの笑顔が怖い。
「……分かったよ」
視線に耐えきれず、ヴァンスはそっぽを向いて言った。途端にジュリアの表情が普段のものに戻る。
ジュリアの休み、そしてこの街にのせてきてくれたロイドの滞在日数の三日。
───二日目は、穏やかに過ぎていった。