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27.奇跡



「伝言……⁉」


ステラの両親の驚いた顔をじっと見つめる。髪と目の色は違うものの、顔立ちは二人ともステラに似ていた。───親子なのだ、と改めて納得する。

最初の驚きが覚め、次いで浮かぶのは疑念の表情だ。

簡単にアルバートとの繋がりを語り、ヴァンスは懐から紙を取り出し、二人に差しだした。

丁寧に折られたそれは、アルバートの伝えてきたステラの言葉を忘れないようにするためにヴァンスが書いたものだ。あまり綺麗な字ではないが、ヴァンスの声で伝えるよりは良いと思った。


リュンヌはちらりと夫を見ると、震える手を伸ばして紙を受け取る。しんと静まり返った薄暗い部屋に、かさかさという音が響いた。


紙には、こっちに帰ってくる前日に伝えられたステラの言葉を全て書いた。大部分がヴァンスへ向けられたものだが、父と母を案じる言葉もあったからだ。


短い文章に何度も何度も目を通していたリュンヌの両目から、光るものが溢れ、頬を伝った。

紙をテーブルに置き、慌てて両手で拭うが、流れ落ちる水滴は勢いを増していく。

顔を覆い、嗚咽を漏らし始めるリュンヌをダグラスは強く引き寄せた。



───ステラ。君の両親は君を忘れられてなんかいない。


切ない光景につい目頭を熱くしながら、ヴァンスは心の中で呟いた。


抱き合っている二人のために、隣で静かに涙を零しているジュリアのために。

そして、今も囚われている彼女自身のために。


ステラは、生きていなくては。


二人の心痛を、会うことがかなわぬ寂しさを、そしてもう会えないかもしれないという哀しみを刻み込んだ。深く刻み込んで、忘れない。


リュンヌとダグラスの、ジュリアの、ステラの想いを抱きしめた。強く抱きしめて、離さない。


───片腕で、ひとつも落とさぬように。







玄関のドアを開けると、オレンジ色の光が家を照らした。ドアを開けたままヴァンスは振り返る。

赤い目をしたリュンヌとダグラスは何度も礼を言い、


「どうか……娘に」


何かを書いた紙を差し出してきた。おそらく、ステラへのメッセージだろう。残念ながら右手が塞がっているので、ヴァンスはドアを閉め、紙を───否、想いを受け取った。


「これを、伝えてもらえばいいですか」


苦労して紙をしまいながら問いかける。返事がないことを訝しく思い、顔を上げると───


二人が、凝然とヴァンスを見ていた。

───正確には、ヴァンスの左腕を。




ヴァンスは、ステラの両親にだけは、知られたくないと思っていた。


だって、きっとこの聡明で優しい夫婦は、何故片腕が不自由になったのか、察してしまうから。


本当の、本当に。

どこまで、ヴァンスは。


独善的な行動をやんわりと否定され、彼らのためを思って隠していたことも隠しきれなくて。


二人に、いらぬ心労を与えたくない。


───胸が、熱い。


今、この瞬間だけでいいのだ。


動いて。動いてくれ。お願いだから、動いて───


その、ヴァンスの願いを聞き届けてくれたのだろうか。


───じんわりとした温かさが、瞬時に燃えるような熱に変わった。

熱は出口を探すようにたゆたい、そして、左腕に流れ込んだ。

冷え切った手をお湯に浸したときのような、ちりちりとした、どこか心地よい感覚。



ゆっくりと、左手を開いた。

動かないはずの、腕を持ち上げる。ジュリアが声を上げそうになり、すんでのところで押しとどめた。

ステラの両親にむけてひらっと手を振り、


「このとおり、ちゃんと動きますよ」


リュンヌとダグラスは少しほっとしたような顔をした。


「レティのこと、ありがとうございました。───伝言、伝えてもらいます」




ステラの両親が見えなくなるあたりまでくると、ジュリアは「どういうこと⁉」と聞いてきた。

家へ帰る道すがら、ヴァンスは自身に起こった不思議な現象について説明する。奇跡なんて言葉は好きではないが、そうとしか言えない。

ジュリアがむぎゅっと抱きついてきて、ヴァンスは苦笑いしつつ歩く。反対の服の袖をレティシアがつまんでいて、周囲の視線が痛い。


家にたどり着き、ヴァンスは玄関の鍵を開けた。

そのまま、ドアノブに手を───



───先ほどまで確かにあった熱さが、どこにも見当たらない。というか寒い。


しがみついたままのジュリアをそっと引き剥がす。レティシアにつかまれている袖も軽く引っ張った。


「ぁ……」


「お兄ちゃん……?」


訝しげに、ジュリアが顔をのぞき込んでくる。

ヴァンスは珍しくにこりと微笑んで───



「悪い、ちょっと寝る」



───その場に崩れ落ちた。


「えっ……ちょっ、お兄ちゃん⁉」


「ヴァンスっ‼」


ジュリアとレティシアの声が遠く聞こえるが、答える気力はない。


多分、不思議な熱───力のせいだろう。

考えるのが面倒だ。今はただ、眠りに溺れてしまいたい。


───頬で固い地面の感触を味わい、ヴァンスの意識は暗闇に沈んだ。

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