26.独善
涼しい風が頬を撫でた。
足をとめ、上を見上げる。空の青さに瞳を揺らした。
───らしくもなく、感傷的になっている。
その理由は自覚している。
町並みが、木々が、すれ違う人々が、彼女を思い出させるのだ。
何の変哲もない坂道ですら、彼女との記憶が詰まっている。
湧き上がってくる思い出に翻弄され、胸が苦しい。
感情に流されそうになり、唇を噛んで鉄の味に意識を集中させる。
通い慣れた道をひたすら歩いて。
───ヴァンスはジュリアとレティシアを連れて、ステラの家にやってきていた。
「水しか出せなくて、ごめんなさいね」
そう言って眉尻を下げ、微笑むステラの母───リュンヌは少し痩せたように見えた。奥から姿を見せた父親のダグラスも白髪が増え、この二年間の心労をうかがわせる。
そして───家具が少なくなっていた。
いつだったか、聞いたことがある。
《穢れた者》をかくまい育てている者は、見つかり次第高額の罰金と、数年間給金の減給を科されるのだと。
今までそんなことにも気付かなかった自分に歯噛みする。せめて、わずかばかりだが二人の助けになればと───
腕を、つかまれた。
財布を握ったまま、顔を上げる。ダグラスの深い紺色の瞳が視界に入った。
「私らのことはいい。君が気に病むことではない」
「でも……」
「いいんだ。気持ちだけで充分だよ」
ゆっくりと首を横に振られ、ヴァンスはリュンヌを見る。彼女も、優しげな笑みのまま、ヴァンスの善意をはっきりと拒絶した。
───二人はヴァンスがそれをすることを望んでいない。腕をふりほどき、無理やり押し付けることもできるだろうが、それはひどく独善的だ。ヴァンスだけが満たされる、エゴ。
力が抜け、俯いたヴァンスの腕をダグラスは離した。
何も言えなくなったヴァンスにかわり、ジュリアが口を開く。
「今日は、お願いがあってきたんです」
ヴァンスとの間にちょこんと座っているレティシアの肩をそっと抱き、ジュリアはシャワーを貸してほしいと頼んだ。
話を聞き終えると、ダグラスは双眸に穏やかな光を浮かべて、
「構わないよ。使ってもらえれば、あの子も……ステラも喜ぶだろう」
「あ…ありがとうございます」
ジュリアが安堵の吐息を漏らす。そこで、ヴァンスははっと気が付いた。
「すみません、一番最初に伝えなきゃいけないことを思い出しました」
「───」
「二人に、伝言を預かってきています。───ステラから」
───口にした瞬間、これまでどこか泰然とした態度を崩さなかったステラの両親が、驚愕に目を見張った。