25.父親
決意を固めたヴァンスは、聞き耳を立てていた両親とジュリアを交えて話し合いをした。
施設を運営するための資金を人々から集めるのは不可能だろう。両親も援助すると心強いことを言ってくれたが、それだけでは足りない。
「やっぱり、俺がひたすら魔獣を狩って、金をためるしかない、か……」
ジュリアの給金に生活を任せることになるが、これぐらいしか思いつかなかった。
「大丈夫だよ、宿の給料はそれなりだし、皆優しいから。…私よりも、お兄ちゃんのほうが……」
「ま、気合いでなんとかするさ。───初めのうちは、アルバートがくる日に行こうと思ってるしな」
それなら、と頷くジュリア。そこに、母が声を上げた。
「アルバートさんって……?」
「騎士だ」
数秒の沈黙。
「……聞き間違いよね。アルバートさんって……?」
「騎士だ」
母は何度か深呼吸し、
「ヴァンス、あなたのやろうとしていることは、簡単に言えば国への反逆よね?」
「まあ、そうだな」
「その国に仕える騎士と関わりを持っているって……どういうことなの⁉」
腰を浮かせて叫んだ母に、レティシアがびくりと肩を震わせる。それをちらりと見たジュリアが、
「お母さん、落ち着いて。説明するから」
渋々母が座りなおすと、ヴァンスは口を開いた。
「あいつは……アルバートは、ステラが連れ去られたときに暴れる俺を押さえつけていた騎士だ」
何か言おうとした母の口をジュリアが押さえる。
父に促され、ヴァンスは話を再開した。
「それから二年立って、ジュリアが路地裏で……は置いといて、アルバートと会った。そのことを、アルバートが囚われているステラに話したらしい」
路地裏と言ったとたん父の顔つきが変わった。
───あれは…そう、エモノを狩る目だ。
不穏な雰囲気になりかけ、ヴァンスは慌てて誤魔化す。
「で、今は使者の役割をしてくれてる」
「使者?」
急に雑になるヴァンスの説明に父が聞き返した。
「ああ。───ステラの伝言を俺に聞かせてくれて、俺の言葉をステラに伝えてくれてる」
絶句した両親から視線を外して、ヴァンスはレティシアを見た。
「レティみたいな人達が普通に暮らせるような、そんな施設を作る。でも、時間がかかるんだ。だから、それまでは……」
「この家で過ごせばいい。そういうことでしょ?」
ヴァンスの言葉の後半を引き取り、ジュリアが言った。なるほどと、両親が頷く。
「レティはそれでいいか?」
レティシアは瞳を揺らめかせてヴァンスを見た後、嬉しそうに唇を綻ばせた。
「父さん、母さん。───レティを頼む」
レティシアに聞いてからで申し訳ないが、頼れるのは二人しかいないのだ。
両親は深く頷いた。
安堵に息をはいてから、あることに気付く。
「レティ、公衆浴場に行きづらかったって言ってたよな?」
施設にも作らねばならない。大量の紙幣に羽がはえて飛んでいく様子を想像してしまい、首をぶんぶんと振った。費用をいちいち気にしていたら出来ないのだ。全員の視線が奇妙なものを見る目に変わっているがこれも気にしない。ノープロブレム。
「とりあえずの解決策として、ステラの両親にシャワールーム貸してもらえるよう頼み込んでみるか」
───どのみち、伝言を伝えなければならないし。
決めたら即動くタイプのヴァンスが立ち上がり、ステラの家に行く用意をしていると父に呼ばれた。
「ヴァンス」
「あとで、路地裏のくだりを細かく聞かせてもらおうか」
「……」
げんなりした。
全く、父親というものは───
「…面倒」
ジュリアの呟きに、同感だった。
・・・俺も子供ができたら、こうなるのだろうか。
などと、ヴァンスはひそかに戦慄したのだった。