24.決意
「ただいま」
「お帰り、お兄ちゃん……って、どうしたの?」
見知らぬ少女を連れ帰ったヴァンスに、ジュリアが目を見開いた。
「路地でいじめられてたんだ。怪我してるし、ちょっと話をしたいと思ってな」
擦り傷を水で流し、ガーゼを当ててから、ヴァンスとレティシアはソファーに腰を下ろした。
両親とジュリアは部屋の中にいないものの、聞き耳を立てているのが気配で丸わかりだ。ヴァンスはそれを追及せず、怯えたように縮こまったレティシアの肩を安心させるように叩いた。
「───どうして」
「ん?」
「どうして助けてくれたんですか……?私が《穢れた者》の特徴の一つを持っていると知って、何で……」
レティシアにしてみれば、理解できないだろう。
彼女は、ずっと虐げられてきたはずだ。
その苦しみがどれほどのものなのか、ヴァンスは知らない。
知らないけれど。
ヴァンスにだって、分かることがある。
彼女がそんな辛さを味わうのは、間違いだってこと。
「───俺の幼なじみが、銀髪青瞳なんだ」
「え……」
「ステラ、っていうんだけど。……二年前に、連れてかれた」
レティシアが息をのんだ理由が自分の表情にあると、ヴァンスは気付かない。
───寂しげな表情を浮かべていることに、気付いていない。
「俺は、絶対に助ける。あいつを、ステラを死なせたりしない」
覚悟を滲ませた声に、レティシアが目を伏せた。
それから顔をあげ、躊躇いがちに言う。
「……ステラさんのお話、聞かせてもらっていいですか……?」
ヴァンスは驚き、眉を上げたが、
「……ああ。───聞いてくれ」
ヴァンスはステラとの思い出を語った。
時系列もばらばらで分かりにくい話だったと思うが、レティシアは口を挟むことなく聞いてくれた。
話を終え、ヴァンスは息をついた。
そこで飲み物も出してなかったことに気付き、片手で苦労してお茶を入れる。
「ヴァンスさんは、その……」
「ヴァンスでいいよ、レティ」
「……ヴァンスは、左手が動かないんですか……?」
ヴァンスは無言で頷く。この一日二日で他人に説明することが多く、慣れてしまった。
ただ、あまりレティシアを怖がらせたくなかったので、細かい説明はしない。
話題を変えようと、ヴァンスはレティシアに話をふった。
「レティのこと、教えてくれるか……?」
レティシアは俯き、己の膝あたりを見つめて、口を開いた。
「……両親のことは、殆ど覚えてません。物心ついたころには、いませんでした」
───ひとりで、寂しくて。だけどお腹は空いて。
生きるためには、食べていかないといけません。どうにか料理店の主人に頼み込んで残飯をもらえるようになりました。
公衆浴場が無料なので、そこは困りませんでした。でも、皆さん私の目を見ると、逃げていかれるんです。
最初は何でだろうって思ってました。私は何かいけないことをしているのかと。
そのうち、分かってきたんです。誰かの噂を聞いて。
私は、《穢れ》ているのだ、と。
捨てられていた布で、顔がかくれる服を自分で作って……夜は、路地裏で寝ています。
「やがて、街の子ども達に目をつけられるようになってしまって……あとは、ヴァンスの知るとおりです」
ヴァンスは、レティシアの話を聞いてステラのことを思い出していた。
銀髪青瞳の者は見つかったら連れ去られるので、公衆浴場へは行っていなかった。否、行けなかった。確か、ステラの父親が小さなシャワールームを作っていたはず。
「そこを貸してもらうとか……いや」
ぶつぶつと呟くヴァンスにレティシアが怪訝そうな目を向けた。
レティシアの視線をスルーし、ヴァンスは思索に沈む。
「同じような境遇の人は、結構いるはずだ」
レティ一人を救っても、根本的な解決にはならない。
ならば。
ヴァンスは指をぱちんと鳴らし───
「───保護施設、だ」
「───」
「差別されて、生活に困ってる人に生活する『場所』と『食事』を与え、支援する施設を作れば」
銀髪青瞳の人々も、連れていかれにくくなるのではないか。
問題はある。お金も足りない。施設を運営することで、国の目に止まるかもしれない。
───だから、見逃すのか。
問題ばかりを見て、現在進行形で辛い思いをしている人々から目をそらせば、きっとヴァンスは助けたいものを助けられなくなる。
「どうにか、しよう。───してみせる」
「見た目で判断なんてどう考えたっておかしいし、ふざけてる。───間違ってる今を変えてやるよ、巫様。思い通りになんか、誰がさせてやるか!」
敬い崇められている聖なる女性に啖呵を切って。
───ヴァンスはこの日、新たな決意をした。