23.少女
家を出たヴァンスは、懐かしい街並みを歩いていた。
「……ん?」
悲鳴が聞こえた気がして、足を止める。
───聞き間違いではない。路地のほうからか。
ジュリアが連れ込まれた時のことを思い出し、ヴァンスは走り出した。
路地を覗き込むと、数人の子供達が地面に座り込む少女を囲んでいた。少女はフードを被っており、ステラの姿を思い起こさせた。
「何とか言えよ」
ひとりの少年が少女の体を踏みつけ、すぐに足を離して地面に靴をこすりつける。
───まるで、汚れを拭うように。
「やべ、こいつに触れたら《穢れ》がうつる」
笑い声が響いた。その声に、少女は体を丸める。ヴァンスは眉をぴくりと動かしたが、じっと様子を見た。
「お前、銀髪じゃなくて良かったよなぁ。そのおかげで、こうして俺らといられるんだもんな?」
「───」
「喜べよ。───穢れてるからって捨てられたお前に、『仲間』がいるんだぜ?」
悪意が、少女の心を切り裂いていく。
何も言わない少女を、少年が蹴飛ばそうとして───
「な、なんだよ……」
少年が驚いたような声をあげる。
当然だ。───ヴァンスが右手だけで蹴りを受け止めていたのだから。
振り向くと、少女と目があった。彼女の目に、息をのむ。
フードからのぞく、濃いめの茶髪。そこまでは別に珍しくもなんでもない。だが───
「青、瞳……」
少女の双眸は透き通った青色だった。
ヴァンスは、この状況を理解した。同時に、耐え難い怒りも覚える。
───《穢れた者》と呼ばれる者の特徴の銀と青、両方の色を持っていなくても、片方だけ持つ者は存在する。彼らは連行されないものの、常人と《穢れた者》の狭間に立つとされ、差別されているのだ。
「そうだよ、そいつは生まれつき人にも《穢れた者》にもなりきらない、邪魔者なんだ‼」
ぎりっとヴァンスは奥歯を噛みしめた。忌避されるのではと、少女が恐怖の表情を浮かべる。
ヴァンスは少年側に立ち、忌まわしいものを見るような視線を少女に───
───向け、なかった。
「……るな」
ヴァンスが何と言ったのか聞こえず、少年達が顔を見合わせる。
「ふざけるな‼」
怒鳴ったヴァンスに、少女は驚きの、少年達は気圧された表情を向ける。
「仲間だ⁉いじめて傷つけるだけの関係が、仲間?ふざけるのも大概にしろ!他の人がどう言うかは知ったことじゃないが、俺の前で言うのだけは許さない‼」
「この子がお前らに何かしたのかよ。取り囲んでいじめないといけないような、何かを⁉」
「だって、そいつは穢れて───」
少年が震える声で言い訳する。それを、ヴァンスは手で遮った。聞くに堪えない。少女の傷口をさらに広げるだけだ。
「俺とお前らは……いや、この国の人々は、根本的な部分が違う。だから、説明はしない。でもな」
「人を傷つけて、そうすることに喜びを感じてる自分をどう思う?」
「───」
「───俺は、間違っていることを正せないことが一番穢れてると思う」
間違いに、これまで誰も疑問をもってこなかった。
「誰も間違いを指摘し、改善させないなら、俺がそうする。───俺が、変えてみせる」
人々に根付く、穢れた『当たり前』を、穢れた『慣習』を打ち砕くのだ。
少年達が気味悪そうに後ずさりし、去っていった。
「……大丈夫か?」
可能な限り優しく声をかけて、少女を助け起こす。
十歳くらいの少女はこくんと頷いた。
よく見れば、膝に擦り傷ができてしまっている。打撲傷も結構あった。
「えっと、君の名前は……」
「……レティシア」
初めて、少女───レティシアの声を聞いた。
「レティシアか。なら、レティだな」
「───ぁ」
いきなり愛称で呼ばれ、レティシアが息を漏らす。
「俺はヴァンス。───俺の家で、少し話さないか?」