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2.日常

※11月15日に推敲しました。



 いつの間にか思考が過去へ――ステラが連れ去られた日のことへとさまよい出していて、ヴァンスは深く息を吸い、あの日の光景を振り払った。今は、呑気に過去を振り返っている場合ではない。少しでも隙を見せれば、ヴァンスなど簡単に殺されてしまうだろう。


 ヴァンスの目の前には、大型の犬に似た魔獣の姿がある。犬、というよりは狼に近いかもしれない。凶暴に瞳をぎらつかせ、獲物に飛び付かんとする姿はまさしく獣、といったところだ。――だが、こちとら大人しく喰われるのを待つような、そんな諦めの良さは持ち合わせていない。


 ヴァンスは血に濡れた剣を構え――魔獣の目がぎらりと光ったのを見た、気がした。

確かめる間はない。次の瞬間にはもう、顔の前に鋭い牙が迫っている。

フェイントの欠片もない、純粋なる殺意だけが込められた一撃に、ヴァンスは慌てることなく冷静に対処した。まるでその攻撃がくると分かっていたかのように跳躍して躱し、獲物の姿を見失って動きを止めた魔獣を一太刀で斬り伏せる。


「五十匹」


 呟いて、ヴァンスは周囲に他の魔獣の気配がないことを確かめた。よく見もせずに数歩後ずさり、ぶつかった木の幹に背を預けてずるずると座り込む。


 生まれ育った街であるシュティアから遠く離れたこの場所――ベスティアの森には、さまざまな魔獣が生息していると聞いた。さっきの大型犬っぽい奴も、そのうちの一種類なのだそうだ。

魔獣が人々を襲うことがないように森のまわりには結界が張ってあるのだが、ヴァンスはわざわざ結界を抜けて森の中へとやってきていた。――魔獣と戦い、強くなるために。

 ベスティアの森以外にも、魔獣が群棲している地帯はあるらしい。ならばなぜ、ベスティアの森を選んだのかというと――ここが一番、シュティアから近いところにある群棲地帯だったからだ。

最も近いと言っても、先ほども述べた通りかなりの距離がある。記憶が正しければ、馬車で片道半日程度はかかったはずだ。

さすがに毎日行き来できる距離ではないため、ヴァンスは現在、ベスティアの森に接している街アステールを拠点としていた。


――ステラが連れ去られた後、ヴァンスは両親と妹のジュリアに事の次第を説明し、魔獣の群棲地へ行きたいと伝えた。

 勿論危ないからと止められたが、何を言おうともヴァンスの決意を挫くことはできないと悟ったのだろう、最終的に三人は黙って送り出してくれた。

決意と覚悟に一定の理解を示してくれただけでなく、必要最低限の物――剣とお金を持たせてくれた両親には、感謝してもしきれない。


 ヴァンスは荒い呼吸を整えると、腰に下げたポーチの中から液体が入った小瓶を取り出した。――街で買ってきた回復薬だ。

栓を弾き飛ばして喉に流し込むと、すうっと全身の疲労感が薄れていくのを感じる。


 ベスティアの森に入ってから、三時間。ときどきこうして休憩してはいるものの、ほぼぶっ通しで戦闘を続けていた。

このまま夕方まで戦い続け、一度街に行って魔獣の体内にできる魔石を買い取ってもらい、得たお金を全て回復薬につぎ込む。そして、夜再び森へ戻ってくるのだ。

 回復薬は、体を『健康な状態』に近付けるものだ。極論だが、これを飲んでいる限り、食事する必要も睡眠をとる必要もない。


――それが、二年前から続く、十五歳のヴァンス・シュテルンの日常だ。


 いくら何でも異常だろう。健康な状態だと言っても、空腹感は消せないし、回復薬は精神にまで作用するわけではない。常人ならとうに発狂していてもおかしくないのだ。

ヴァンスは常に、境界線で戦っている。

生と死の。正気と狂気の。――いつも際どいところで戻ってきて、今日を迎えることができた。

明日も明後日も、そのまた次の日も、同じ。


 ヴァンスがそんな生活をどうにか続けられているのは、強靭な精神力――否、信念があるからだ。

――ステラを何としてでも助けるのだという、信念が。


 無力なヴァンスでは、ステラを助けるなど夢のまた夢だ。いや、仮に力があったとしても、夢物語と一笑に付されることに変わりはなかっただろう。

けれど、ヴァンスにとってこれは現実にしたい――しなければならない夢で。

あれだけ大見得を切って、ステラに助けると約束してしまったから。

強くなる。強くなって、絶対に約束を守ってみせる。

――約束は、守らねばならないものなのだから。


 どこかでがさりという音がして、ヴァンスは地面に突き立てた剣を支えに立ち上がり、不意打ちにも対応できるように神経を研ぎ澄ませるのだった。



***



――あたりがオレンジ色の光に包まれる頃、ヴァンスはいつものように街に帰ってきていた。

ただ、普段と違う点がひとつだけある。

――肩まである金色の髪と、緑翠の瞳という目立つ容姿の少女が街の入り口に立っていたのだ。

 少女は『可愛らしい』という言葉がこれほど似合う人間が他にはいないのではないかと思ってしまうほど整った容貌で、道行く人々の目を引いていた。しかし、今重要なのはそこではない。

金髪に緑眼。――ヴァンスと同じ特徴。


「…ジュリア?」


「――お兄ちゃん」


――シュティアにいるはずの血の繋がった妹が、そこにいた。



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