17.資質
ステラは地べたに座り、目を閉じていた。
明日になればアルバートがヴァンスの言葉を伝えに来てくれるはずだから───
靴音がして、ステラは顔を上げた。暗闇を凝視し、囁く。
「アルバート……?」
燭台に火が灯され、ステラは反射的に目をそむけた。
火の灯りに照らされて、アルバートの整った顔が浮かび上がる。
燭台を持つ手が血に濡れているのに気付いて、ステラは息をのんだ。
「この、怪我…」
「……これは、獣に襲われた商人を助けていてね。そして……すまない、ヴァンスとすれ違ってしまった」
騎士服の袖をまくると、醜い噛み傷が露わになった。そっと傷のまわりに触れると───
イメージのようなものが、ステラの中に流れ込んできた。
虎のような魔獣。その口に剣を突き出す。牙が剣を持つ腕に食い込み、横合いから、傷だらけの少年が───
「───嘘」
「虎型の魔獣。ヴァンスも大怪我をしてる。───違う?」
答えは、瞠目したアルバートを見れば明らかだ。
「……何故、それを」
「人に触れると、たまに映像が浮かんでくることがあるの」
「───っ」
アルバートの顔が深い驚愕に彩られていて、逆にステラのほうが驚いてしまう。
「…ちょっと待って、手当てするから」
《穢れた者》のステラが、日中何をするか。
それは、怪我人の手当てなどだ。
他人の血に触れる───誰もが《穢れ》として避ける行為をステラはしている。
ともかく、ステラの閉じ込められている牢の中には、治療道具が置かれているのだ。
消毒液を振りかけても、アルバートは眉ひとつ動かさずにじっとステラの手元を見ていた。
清潔な布で傷口をおさえ、包帯を巻き終える。
「……ヴァンスは、」
突然、アルバートが口を開いた。
「命に別状はない。───それだけは確かだ」
「…それが、慰めになるとでも?」
不安から、つい棘のある口調になってしまう。
「いや。事実を述べたまでだ」
アルバートはステラの気持ちに寄り添うことなく、冷酷なまでに突き放してきた。
「治療、感謝する。…来週も、街へ行ってくる」
治療道具を片付ける。ステラは手を洗うとぺたんと座りこんだ。
「ヴァンス……」
その声は階段を上るアルバートに届いていた。
───会いたい相手には、届かないままに。
アルバートは驚きがさめやらぬまま、階段の壁に背を預けていた。
暗闇で光る紫の目は微かな迷いを宿している。
アルバートはちらりと包帯が巻かれた腕を見た。
熱を持ち、疼いている腕。
あれは───ステラの能力は、この国でただひとりが持つとされる能力だ。
彼女には、神聖な立場に立つ資質がある。
───容姿が、銀髪青瞳でなければ。
ヴァンスが聞けば烈火のごとく怒りそうだが、アルバートの意思とは関係ない。恐らく、国民感情が神聖さを穢すことを望まないだろう。
彼女は、どこへ向かうのか。
彼女を救うために血の滲むような努力をして、今も大怪我している彼は、彼を支える妹は、どこへ向かうのか。
そして、自分は。
『お前にはまだ、何があっても優先する『一番』ができてないってことだろ』
目を閉じ、再び開けたときには、迷いは消えていた。
───足音が遠ざかり、地下とそこに繋がる階段に静寂が訪れた。