14.希望
「…伝えてくれと言われた言葉は伝えた。私は、ここで失礼する」
帰ろうと立ち上がるアルバートに、ジュリアが慌てた様子で、
「ちょ、ちょっと待って下さい」
扉に手をかけたアルバートは振り返る。
「せっかくだから、夕飯を一緒に……どうですか?」
恥ずかしそうに頬を赤らめるジュリア。
アルバートが頷くのを見るや、ヴァンスは立て掛けていた剣をつかみ、コートを羽織ると、
「俺は森に行ってくるから!じゃあな!」
「あ、お兄ちゃん⁉夕飯は⁉」
「回復薬持ったから大丈夫だ!」
「それは大丈夫じゃないでしょ⁉」
アルバートを押しのけて外に出て、バタンと扉を閉めた。
「あ、あの…うちの兄がすみません」
「何、気にしていない。彼なりに気を遣ったのだろう」
それより、とアルバートは真顔で、
「ヴァンスが回復薬に依存しているのが気掛かりだ」
「気掛かり、ですか?」
アルバートは少し躊躇い、言った。
「───回復薬は薬だ。頻繁に使用すれば、体に耐性ができる」
「耐性……?」
「つまり───彼が怪我を負った際に、回復薬が効きにくくなるということだ」
「───」
憂いを帯びた瞳で、騎士は続ける。
「ヴァンスに自主的にやめさせることは不可能だろう。だから…君が見ているんだ」
こくりと頷いたジュリアを見て、
「このような話をしてすまなかった」
「いいんです。むしろ、教えて下さってありがとうございます」
食事の支度を始めるジュリアに、ふと気になったことを伝える。
「敬語は無しにしないか」
「え、でも……」
「───今日の私は非番だ。私は『騎士』ではなく、『アルバート』としてきた」
ジュリアは数秒間迷っていたが、観念したように顎を引いた。
「分かった……ア、アルバート」
少し顔を逸らして呼び捨てにするジュリアに微笑ましいような気分になり、アルバートは口の端を持ち上げた。
「ありがとう、ジュリア」
ヴァンスが宿に戻ってきたのは夜が更けたころだった。
「お前、まだいたのか」
ヴァンスは部屋のドアに背を預け、両目を瞑った騎士に声をかけた。片目が開き、紫の瞳がヴァンスを見る。
「中で、ジュリアが眠っている」
「……ああ、分かった」
いつの間に呼び捨てにしてるんだよ!と叫びたい気持ちをぐっと堪え、
「先週も思ったが、何でお前はこの街にくるんだ」
「仕事で───と言いたいところだが、残念なことに違う。休日に何の気なしに足を運んだ場所が、たまたまここだった。それだけさ」
どんな偶然だ。その結果ステラの伝言を聞けたのだから、良かったというべきか。
「───来週も、この街に来る。何か、彼女に伝えることはあるだろうか?」
「───」
休日という言葉と、今の問い。
アルバートは自主的に使者の役割を買って出たということだ。
「国にバレたら、どうするんだよ」
「巫様はこれからひと月ほど祈りの儀のため聖堂に籠もられる。準備に忙しく騎士など見ていないだろう」
巫というのは役職名だ。ローランド国で最も神聖な女性で、神に祈りを捧げ、時には交信もするらしい。
巫の言葉は神の言葉と、民にそう信じられているのだ。
「はん」
───ヴァンスは苛立ちを隠しもせず鼻を鳴らしたが。
それから、苦笑するアルバートに、
「ステラには、元気でよかった、信じてくれてありがとうと伝えてくれ」
「分かった。伝える」
とだけ言うと、彼は馬に乗って帰って行った。
偶然によって生まれた繋がり。
ヴァンスにとってその繋がりは、希望に等しいものだった。