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37.確かな親愛



───だんだんと痺れがとれてきたのを感じ、ヴァンスはそろそろと体の向きを変えた。

手足はまだ言うことを聞かないが、姿勢を変えることぐらいはできる。


「いっ……」


 不意に、左腕に鋭い痛みが走り、ヴァンスは呻いた。

ナイフによる刺し傷はアルバートが止血しておいてくれたが、それ以上の措置はできていない。

付け加えれば、傷付いた左腕の戦線復帰は望めそうになかった。治れば元通りになるだろうが、今すぐでないことは確かだ。


「…傷の痛みが強くなればなるほど、痺れが治まってきてるっていうことになるのか。…はは、分かりやすいな」


「笑いごとじゃないでしょ!…じっとしててよね」


 引きつった笑みを浮かべて痛みを誤魔化すヴァンスだが、ノアには通用するまい。情けない誤魔化しであると分かっていてなお、それに付き合ってくれるノアに多少なりとも救われた。

 魔石から力を吸い取り、吸い取った力を治療にまわせば痛みは楽になるのかもしれないが、一個だけ持ち歩いている魔石はポーチの中に入っており、まだ思うように体を動かせない今の状態ではどう考えても取り出せない。

 やはり、動けるようになるまで耐えるしかないか、とヴァンスは吐息を零す。時間はかかるし、焦る気持ちもあるが仕方ない。

 そんなヴァンスをじっと見つめていたノアが、いつになく真面目な声で言った。


「ねぇ───あたしから、力を吸い取ってよ」



***



───ノアやモフリアという存在は、魔石に力を注ぐことによって生まれた、言わば人工の魔獣である。

そのため、ヴァンスは魔石から力を得るように、ノアからも力を吸い取ることが可能だ。

 魔石が手元にひとつしかない上に、ポーチから取り出せない現状を考えれば、言われたとおりにノアの力で傷を癒し、体力を回復させるのが最善なのかもしれない。

───最善を選び取った場合の、結果を無視するならば。


「吸い取るって……そうしたらノア、お前は」


「あたしは消えるでしょうね」


 ひょっとしたら核となっていた魔石だけは残るかもしれないが、ノアが復活するとは限らない。もし復活しなければ、それはノアの死を意味する。

───それだけは、どうしても避けたかった。


「何で…消えるのが分かってて、俺を助けようとするんだよ……」


「前にも言ったでしょ。あたしは、あなたの使い魔なの。主人の役に立つなら、使い魔は何だってする。……そういう生き物なの」


 祭りに行くエドガー達を見送るとき、確かにノアは使い魔という言葉を口にしていた。

あのときも、そして今も───そうあるべきなのだと、ノアが自らに言い聞かせているかのように見えて。

 ヴァンスが口を開こうとするのを遮り、ノアは続けた。


「だから…あたしを、あなたの───ヴァンスの役に立たせて」


───初めて、ノアがヴァンスの名を呼んだ。

 この一カ月間、一向に名前を呼んでくれないノアに、ヴァンスはふざけて名前呼びを命じたこともあった。だがそれは、断じてこんな場面で呼んでもらいたかったからではない。


 僅かに痺れの残る腕を地面につき、ヴァンスは無理矢理上体を起こそうとした。左腕の傷がひどく痛んだが、気にならない。───誰かを失う痛みに比べれば、何てことはない。


「ちょ……ちょっと、何やってるのよ!傷だってまだ……!」


「───大丈夫だ」


 止めようとするノアの声に言葉を被せ、ヴァンスは頬を硬くしながらも上体を起こしきった。小刻みに震える手でポーチを探り、取り出した魔石を落とさぬよう握りしめると同時に、温かな光が全身を包み込む。

───魔石が力を失って砕けたときには、痺れは完全に消え去り、傷の痛みも軽減されていた。

熱を出したときのような気怠さがあることを除けば、これといった問題はない。


「……どうして」


「ノア。───お前は自分のこと、使い魔だって言ったよな」


「───」


 近くに転がっていた剣を引き寄せ、切っ先を下にして地面に突き刺す。

剣を抱くように寄りかかり、ヴァンスはノアに右手を差し出した。


「俺にとってお前は、使い魔なんかじゃない。───大切な、家族だ」


───『家族』。

 エドガーとバレンティア、それから施設の皆が家族であるならば、ノアもまた然り、だ。

 意思を持って行動し、感情を露わにする生き物が、人に使われるだけのものであるはずがない。───あってはいけないのだ。

 たとえ、それが人の手によって生み出されたものであっても。


「───っ」


 目を見開いて、ヴァンスの右手を凝視していたノアが体の向きを変えた。拒絶ではなく、単に顔を見られたくないだけなのだということは明白で、ヴァンスはノアを手のひらにのせて持ち上げ、顔の前まで近付けた。

 頬でふわふわな毛の感触を存分に味わってから、ヴァンスはゆっくりと立ち上がった。


「さてと、そろそろ行くか。───ノア、案内頼むよ」


「………言われなくても、案内するつもりよ」


 不機嫌そうにも聞こえる台詞───けれど、そこには確かな親愛がある。

 ヴァンスはノアを肩にのせ、人差し指で頭を軽く撫でてやってから、抜き身の剣を片手に歩き出したのだった。



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