13.一番
「───君の囚われのお姫様からの、伝言だ」
「ステラからの……⁉」
隣に座ったジュリアが目を見開き、アルバートを見ている。
ずっと欲していた情報、それが目の前にあることに、喜びよりも緊張を感じた。
「彼女は、もしヴァンスに会ったらこう伝えてくれと頼んできた。───私は元気だと、助けに来てくれることを信じてると言っていたと」
───その言葉が、あまりにもステラらしくて。
会えない日々でも、彼女の精神は変わっていないと分かって、だから。
目頭が熱い。ヴァンスは顔を隠すように俯いたが、強く握った拳に落ちた涙の雫までは隠せなかった。
アルバートが目を見張り、ジュリアがヴァンスの背にそっと触れる。
「お兄ちゃん…」
「───よかった……ステラが、元気でいてくれて」
ヴァンスの背中に触れるジュリアの手から、微かな震えが伝わってきた。
ステラが元気なことが、信じてると言ってくれたことが、今は何よりも嬉しい。
同時に、彼女の期待を裏切ってはならないとも思う。
『私……わたしは、ヴァンスとジュリアとずっと一緒にいたい。何かになんてなれなくていいから、三人でいたい』
誰もが当たり前に持っているはずの、小さな幸せを取り戻すために。
目尻の水滴を指先で弾き、ヴァンスは顔を上げた。
「……何で、伝えにきてくれたんだ」
「何故、とは?」
「───お前は騎士だろ。本来止めて上に報告しなきゃならない立場なんじゃないのか」
アルバートはしばし黙考し、
「…正直に言おう。───私自身、よく分からないんだ」
「分からない?」
「何故、私は彼女のもとへ行き、君と会ったことを伝えたのか。彼女の頼みを聞き入れ、君に伝えにきたのか。…分からない」
───彼は何を『善』とし、『悪』とすればいいのか手探りしているのだろう。
『騎士』としてのあり方を尊重している故に、感情がアルバートに矛盾と無理解を突き付けている。
ヴァンスは、そう感じた。
だから───
「お前にはまだ、何があっても優先する『一番』ができてないってことだろ」
「……どういう、意味だろうか」
自分のことをさし置いてでも、走れるような『一番』。
人や物、あるいは信念。内容は人によってさまざまだろう。
ヴァンスにとっては『ステラ』だ。彼女を救うためなら、睡眠と食事を削ぎ落としてでも強くなろうと思えるのだ。
「『一番』があれば、理由なんて考えるわけがないんだよ」
簡単だ。1+1をするよりも───さすがにそれは言い過ぎた。同じくらい、簡単なことだ。
『一番』のため。それ以外に、理由なんてないのだから。
「ま、あとは自分で考えてくれ。こればかりは、人に言われて決めるものじゃないしな」
ステラの言葉を伝えに来てくれたお礼に、これぐらいの道を示してやってもいいだろう。なんて、ヴァンスは自分より年上な騎士に思うのだった。