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31.『家族』



───エドガーと剣の稽古を始めてから早一ヶ月が経った。

 ヴァンスやアルバートからすれば、攻撃の際の狙いが透けて見えるなど改善すべき点は山ほどあるが、エドガーはエドガーなりにこの一ヶ月頑張ってきた。

ご褒美、と言ってはなんだが少し息抜きをさせてやりたい。


「───なぁ、エドガー。明日の稽古は無しにしよう」


「え……?」


 その場に座り込んで荒い息を繰り返すエドガーにタオルを手渡しながら、ヴァンスは提案した。

喜ぶかと思ったのだが、エドガーは表情を曇らせた。

エドガーの反応を不思議に思っていると、少年はおずおずと言った。


「休みを下さるっていうのは、僕の剣が上達しないから、ですか……?」


「───いや、違うよ」


 暗い顔の理由に納得し、ヴァンスは首を横に振った。

───どんなに剣術に向いてなかろうが、運動神経が悪かろうが、本人の強くなりたいという意志がある限り、ヴァンスのほうから放り出すことはない。それだけは、確かだ。


「こればっかりはすぐに強くなるもんじゃないし、休息も大事だ。……ま、俺達に言えた話じゃないけどさ」


 そう言って、ヴァンスはちらりとアルバートと視線を交わした。

───強くなるために必要なもの以外を切り捨てる気持ちはよく分かる。だからこそ、エドガーにはそんなことをさせたくないのだ。


「明日、商店街で祭りがあるらしいんだ。───行ってきなよ、ティアと一緒にさ」


 バレンティアのお休みについては、すでにジュリアとレティシアより許可を得ている。今頃バレンティアも二人からお祭りの話を聞いているのではなかろうか。


「でも、僕は商店街に行ったことが……」


「そこは、レティとシエルに案内してもらうから、迷う心配はないよ」


 それを聞くと、エドガーはこれ以上断る理由がないと判断したのか、頷いた。


「……ありがとうございます。明日、行ってきます」




───話を終えるころにはあたりは薄暗くなっていて、ヴァンス達は施設の中へ戻った。


「エディ、大丈夫?」


 バレンティアが剣の柄に擦れて血が滲んでいるエドガーの手のひらを『治癒』の能力で治療するのを横目に、ヴァンスは食卓についた。


「───それで?母さん達はいつまでここにいるんだよ?」


 呆れ顔のヴァンスが吐息混じりに問いかけたのは、一ヶ月も施設に居座り続けている両親だ。


「何だかここ、居心地良くて」


「……ダメだ、ここに住み着きそうな予感がしてきた」


 嫌な予感に嘆息していると、エドガーの治療を終えたバレンティアが近付いてきた。


「ヴァンスさん、あの……本当に、いいんですか?」


「…いいかって、祭りのことか?」


「はい。…わたしもエディもお金なんて持ってないから、その分ヴァンスさんが出すことに……」


 ヴァンスは片手を持ち上げ、バレンティアの言葉を遮った。

───バレンティアの言うとおり、祭りで使うお金はヴァンスが出すつもりでいた。そして、ヴァンスが魔石をとりにいかない限り、施設の収入がないのも事実だ。

だけれど───、


「───俺は、ティアやエドガー、他の皆も含めて家族だって思ってるんだ」


「───」


「血が繋がってるわけでもないし、皆がどう考えてくれてるかは分からないけど、俺は皆と家族でありたい。そう思ってる」


 いろいろな場所から集まった、もしかしたら一生会うことがなかったかもしれない人々。

けれど、実際にヴァンス達は出会い、こうして食卓を囲んでいる。───共に、暮らしている。


「家族だから、大変なときは傍にいてやりたい。家族だから、良い暮らしさせてやりたい。───家族だから、笑顔でいてほしい」


 バレンティアだけではなく、施設の全員に聞こえるように話す。

───この場にいる誰もが、かけがえのないヴァンスの家族なのだから。


「その家族が、ちょっとでも楽しく過ごすためなら、俺は喜んでお金を出すよ。見返りなんて求めない。だって」


「……家族、だから」


 バレンティアがぽつりと呟き、ヴァンスはそれを肯定する。

 言うべきことは言ったと口を閉じたヴァンスに代わり、バレンティアの前に立ったのはジュリアだ。


「───はい、これ」


 ジュリアが手渡したのは、可愛らしい肩掛け鞄だった。

涼しげな淡い水色の鞄は、おそらくジュリアのお手製だろう。


「鞄、持ってなかったでしょ?」


「───」


「ティアはいつも頑張ってくれてるから、作ったの。お祭りに行くときでも、使ってくれると嬉しいな」


 ジュリアがバレンティアの肩に鞄をかけてやると、幼い子供達が「いいなー」と騒ぎ始める。

ジュリアはそんな子供達に「今度ね」と返してから、バレンティアに向き直った。


「───ありがとう、ございます」


 俯くバレンティアの声は濡れていて、ヴァンスは何も言わずに少女の頭をそっと撫でた。




 バレンティアが落ち着くまで待ってから、ようやく食事───かと思いきや、アルバートが何やら三つ折りにされた上質な紙を差し出してきた。


「今日、届いた書簡だ」


「今日?でも、配達来てなかった気が……」


「……ヴァンスは剣を教えるのに集中していて、気が付かなかったかもしれないが」


「あー」


 何かに集中すると周囲がおろそかになるのはヴァンスの悪い癖だ。

 見たところ、それは騎士団からの書状らしい。

アルバートから手紙を受け取り、内容に目を通す。

内容を要約すれば、ひと月半後に行われる儀式についての相談と、警護に問題がないか確認するため、明日騎士が施設にやってくるということだった。


「随分と簡潔だし、今日届いてすぐ明日やってくるって、あまりにも急すぎないか?」


「さて」


 ふい、と視線を逸らすアルバート。

───どうやら、この手紙は今日届いたものではないらしい。

何故今の今まで黙っていたのかは知らないが、ヴァンスは敢えて追及しなかった。

アルバートのことだ、忘れていたわけではあるまい。何かしらの理由があったはずだ。


「もともと祭りは行く気なかったから、別にいいけどさ」


 ステラが巫になった今、祭りへ行けば騒ぎになること間違いなしだ。襲われる危険もある。だから、最初から行かないという話をステラとしていたのだが。


「───まつり?」


と反応したのは、ノアと仲良く喋っていたモフリアだ。

───モフリアは最初、自分とよく似たノアを敵対視していたのだが、関わるうちに妙に気が合ったらしい。以降、ステラの傍にいるとき以外は常にノアといる。

 ともかく、祭りの説明を受けたモフリアは瞳を輝かせた。


「行きたいにゃー!」


「俺とステラは行かないぞ」


ばっさりと却下されたモフリアは上目遣いにこちらを見てくる。可愛いが、駄目だ。


「行きたいにゃ……」


「ダメだ」


「いきたい……」


「ダメ」


 なかなか折れないモフリアに、ヴァンスがどうしたものかと視線を泳がせていると、


「モフちゃん、私達と行きましょう!」


「───!いいの?」


───こちらも目を輝かせたレティシアによって、問題は解決へと導かれた。

 大喜びして乗っていたテーブルから転げ落ちたモフリアをちら見しつつ、ヴァンスはノアをつまみ上げた。


「お前は行かなくていいのか?」


「別に、祭りなんて興味ないしっ」


「……それ、興味あるやつのセリフだよな………」


 持ち上げられながらも器用に顔を背けるノアに苦笑し、ついでに床でもがいていたモフリアも拾い上げて、ヴァンスは椅子に座り直した。

───そこへ、ワインを傾けていた父が話しかけてくる。


「───さっきの話は、今後私達を養ってくれるという認識でいいんだな、ヴァンス?」


 『さっきの話』がバレンティアに言った内容を指していることに気付き、ヴァンスは数秒間フリーズする。

決して、そういう意味で言ったわけではないのだが───、


「……自分の言った言葉に反論を奪われたんだけど」


「私達も『家族』だからな」


「………家族なら、息子の財布にあんまり負担かけないでほしいと苦し紛れに言ってみる」


「あんまり、ということは少しなら良いのね?」


「母さんまで!」


 ヴァンスは真剣に、今後どうなるのかと懐事情に頭を悩ませるのだった。



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