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30.初めの一歩



 ノアに名前を付けたところでようやく、夕飯を食べるために食堂に集まってきたことを思い出し、ヴァンス達は料理に手を付け始めた。


「───お昼も思ったけれど、ジュリアの料理、美味しいわ」


「ありがと、お母さん。…あ、でもね、最近はレティもご飯作ってくれるから、助かってるの」


 母娘の会話の中で助かっていると言われたレティシアが、嬉しそうな顔を隠すように俯いた。

レティシアは、施設ができるまでヴァンスの両親とともに暮らしていた。久しぶりの再会なのもあって、心なしか表情が明るい彼女を微笑ましく思っていると、小さな声が聞こえた。


「あ……あの」


 声を上げたのは、エドガーの隣に座るバレンティアだ。

全員の視線を浴びて、バレンティアは体を小さくしながらも言った。


「わ、わたしにも……何か、できることはありませんか……?」


 バレンティアの言葉に、思わずヴァンス達は顔を見合わせる。


「俺達に申し訳ないって思って言ってるなら、全然気にする必要はないよ」


「でも……何もしないのは、嫌なんです。エディが剣を学び初めたなら、わたしも………」


 おどおどとした少女の声は、徐々に萎んで消えてしまった。

ヴァンスはどうすべきかと考え、ジュリアに目配せした。

───無論『後は任せた』である。

 食事や洗濯などの家事は、ジュリアに一任している。だから、バレンティアに手伝いをお願いするかどうかはジュリアが決めるべきことだ。

…決して、なんと言っていいか分からなかったからジュリアに投げたわけではない。

 ジュリアはヴァンスをひと睨みすると、バレンティアを見て言った。


「分かった。じゃあ、明日からちょっとずつ手伝ってもらうから、分からないことがあったら私かレティに聞いて」


「───はい!」


 バレンティアは顔を輝かせると、大きく頷いた。

───エドガーが最初の一歩を踏み出したのと同じように、バレンティアもここでの生活を始めようとしている。それを、まるで己のことのように嬉しく思う自分がいることをヴァンスは自覚していた。


 食器が触れ合う音だけが響き、ゆったりと時が流れる。

───そんな穏やかな時間は、またしても破られた。


「───そう言えば、ステラがアトリアの核にした魔石の色って……」


 ジュリアがステラに話しかけるのを聞いて、ヴァンスは一昨日のことを思い返す。

モフリアを生み出すために使ったのは確か、黄玉(トパーズ)のような魔石だったはずで───、


「あ」


 ジュリアを見ていて、思い当たることがあった。

あの魔石は、ジュリアの髪と同じ色だったはずだ。

それはつまり───ヴァンスの金髪と同じ色、ということでもあって。


『…ヴァンスの髪とおんなじ色だったから、なんだよ?』


 海へと突き落とされたステラを助けたあとに、小さな、しかし美しい金色の煌めきを放つ石が入ったペンダントを握りしめながら、彼女が言った言葉。

───ステラが、幼かったころに思ったことと同じ事を考えて、トパーズ色の魔石を手に取ったのだとしたら。


「……なんだ」


 ヴァンスとステラは、同じようなことをしていたわけだ。


 実は───ヴァンスには、ノアを作りたいと言った理由がもうひとつだけあった。

あまりにも気恥ずかしくて言えなかったが、ヴァンスはステラとの『繋がり』を作りたかったのだ。

前世(ウォレス)の記憶を取り戻して、ヴァンスとしての自分が希薄になっていくような恐怖が常にあって。

ステラへの想いを、ステラからの想いを思い出させてくれる、そんな『繋がり』が欲しかった。

───『繋がり』など、最初からあったというのに。


「そうだ。……そうだな」


「ヴァンス?」


「いや、何でもないよ」


 ステラはじっとヴァンスの横顔を見ていたが、微かに頬が緩んでいるのに気付くや安堵に似た吐息を零し、食事を再開する。

 食後、父が食器を運ぼうとするアルバートを呼び止めた。


「アルバートくん、またチェスでもやらないか」


「……もう何度も負けてるのにまだやるのか……」


「負けているからこそ、やる意義があるのさ」


 ヴァンスの呆れ声に、父はやけに格好いい台詞を返してくる。

当然アルバートも断るはずがなく、片付けられたテーブルの上にチェスボードが置かれた。

と、それを見つけたジュリアが叫ぶ。


「あ!───いいな、私もやりたい」


 子供か、と突っ込みそうになり、ヴァンスは慌てて口を押さえる。危ない。ジュリアの機嫌を損ねるところだった。


「そんなにやりたいのなら……そうだな、ヴァンスとでもやっていればいいんじゃないか?」


「えー…お兄ちゃんチェス弱いし。そもそもそういう意味じゃないから」


「…弱いし、って……」


 ジュリアの軽い言葉にヴァンスの心が抉られる。

あんまりな言い方に、ヴァンスはジュリアの肩に手を置いた。


「そこまで言うなら、やってみようぜ」


「え、でも……」


「いいから」


 確かに、ヴァンスはチェスが苦手だ。父やジュリアに負けてばかりで、いつの間にかやらなくなっていた。

だが───それは、『ヴァンス』の話だ。


 兄妹でボードをはさんで向かい合い、三十分、一時間と経過し───二時間経つか経たないかで、勝敗が決まった。


「いやー、やっぱりジュリアは強いなー」


───結果は、やはりジュリアの勝ちだ。

しかし、


「お兄ちゃんも、凄い強かったよ。いつの間に練習したの?」


 ジュリアがそう聞いてくるくらいには、強くなっていたらしい。両親やステラ、アルバートまでもが興味深そうにヴァンスを見ている。

ヴァンスは苦笑し、


「ウォレスのときにさ。……近くにこの手の遊びが得意な人がいたから」


「───」


 ウォレスだったころからチェスはあり、人々の間で流行っていた。魔獣にいつ何時襲われるか分からない暮らしの中で盤上遊戯(ボードゲーム)とは、と驚かれるかもしれないが───だからこそ、人気だったのだと言える。

───チェスは、死に怯え哀しみに溺れそうになる人々の心の、数少ない拠り所で。


 唇に淡い笑みさえ浮かべて、遠い過去を懐かしむヴァンスに、ジュリア達が絶句した。

───そんな反応になる理由は分かっている。それだけ、心配をかけていたのだろうから。


「さ、もう一回やろう」


 分かっているからこそ、本心からの笑みを浮かべる。

 願いを背負って、繋がりを胸に抱いて。

楽しかった記憶を微笑とともに口遊めば、ウォレスは───ヴァンスは、もう大丈夫だ。


───新月でいつもより暗い夜空に瞬く星々は、前を向くヴァンスを後押しするかのように煌めいていた。



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