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24.隔絶と羨望

今日は二話投稿します。

一話目。



 あれだけステラの部屋で寝たというのに、エビ祭り夕食を食べ終え、自室に戻ってすぐベッドに倒れ込み、そこから記憶がない。

どうにか起きて眠気を追い払い、軽くシャワーを浴びたころには朝食の用意ができていた。


「……お前も食べるのか」


 パンを千切って食べながら、ヴァンスはステラの肩の上に陣取る真っ白い毛玉───モフリアに話しかけた。


「もぐ……にゃー?」


「普通に喋れるだろ。……何食べてるんだ?」


モフリアが小さな口で食べていたのは、アーモンドだ。カリカリと音を立てて木の実を囓るモフリアの姿は猫というより───、


「お前は栗鼠(りす)か!」


「リス……?」


 本気で栗鼠を知らない様子のモフリアに嘆息し、ヴァンスは皆の視線が自分たちに集まっていることに気付いた。


「……?どうかしたのか?」


「あの……ステラさん、その子撫でさせてもらってもいいですか……?」


 そう言ったのは、食べかけのパンを皿においたレティシアだ。見れば、シエルやサラ、エレナまでもがきらきらと目を輝かせている。

断る理由のないステラが快諾した結果───モフリアは存分に弄ばれることとなった。

 きゃー、と歓声があがるのにやれやれと苦笑し、ヴァンスはエドガーのほうに顔を向けた。


「───ティアのことで、いろいろ考えたんだけどさ……」


 口を開くと、エドガーは食事の手を止め、居住まいを正した。


「エドガーは……君は、ティアを守りたいって、そう言ったよな」


「…はい」


「もしもやる気があるなら……いざという時ティアを守れるように、俺が剣を教えてもいいよ。───どうする?」


 余計なお節介かもしれないけれど───選択肢だけは与えてやりたかった。

───そんなヴァンスを、ステラ達が穏やかな目つきで見守っていてくれるから、真っ正面からエドガーに問いかけられる。


「……教えて、下さい。───お願いします」


 ヴァンスはちら、と横目でアルバートを見た。彼が頷き返してくるのを確認し、再びエドガーに向き直る。


「分かった。じゃあ、ご飯食べたら早速やるか……一応、俺とアルバートで教える予定だからさ」


「───はい!」


 お金の問題は残っているが、『ウォレス』としての記憶を取り戻してすぐ森に行けるほど、ヴァンスの神経は図太くない。魔獣のことを考えるだけで、胃が縮み上がるような感じがするのは事実なのだ。

しかし、部屋で何かをしているよりも、体を動かしていたほうが気が紛れることも事実。

よって、ヴァンスにとってエドガーに剣を教えることは願ったり叶ったり、というわけだ。


無理はしないと、そう約束したのだから。

───約束は、守らねばならないのだから。



***



 エドガーは剣を持っていないので、ヴァンスは予備の剣を彼に渡した。

まずは何から教えるべきかと考え、ひとつ頷くとヴァンスはエドガーに剣を抜くように言う。

アルバートが見守る前で、ヴァンスはエドガーが捧げ持つ剣に左手を添え、


「エドガー、この剣を少し横に滑らせてみてくれ」


「───っ⁉」


 アルバートは無反応だが、エドガーは瞠目し、ふるふると首を横に振った。


「…でき、ない。できません。だって……そうしたらヴァンスさんの手が……」


 剣に軽く手を添えたまま滑らせれば、鋭利な鋼で手の皮など簡単に切れる。かたかたと震える剣に皮膚が薄く削られ、エドガーはさらに顔色を失った。

一方のヴァンスは眉ひとつ動かすことなく、刃に手のひらを触れさせ続ける。

 やがて、エドガーはふらふらと後ずさり、地面に剣を落とした。


「───どうした?早く剣をとって、もう一度やってみてくれよ」


 何も知らない人が見れば、ひどいと思うかもしれない。

最初なのだから、もっと優しくしてやったっていいじゃないか、と言う人のほうが多いだろう。

だが、ヴァンスはやってみろと言うし、アルバートもそれを当然とする。


 ここは、そういう世界だ。

斬るか、斬られるか。───殺すか、殺されるか。

優しさなど欠片もない、ただただ傷付け合うだけの世界。


「言ったよな?守るって。教えてほしいって。───まさか斬ることに対しての覚悟も決めずに、言ったんじゃないよな?」


「───っ」


 図星だったのだろうか、エドガーは無言のまま奥歯を噛みしめた。

───強さだとか、戦い方だとかの前に、知らねばならないこと。

 剣は、楽しむためのものではない。───人を傷付けるためのものだ。


「覚悟がないなら、剣を教える以前の問題だよ。別に諦めたって俺は何も……」


「───ない」


 言葉が遮られ、ヴァンスは口を閉じた。微かに聞こえた声、その真意を測りかねたからだ。

エドガーはゆらりと立ち上がると、ヴァンスを見上げて言った。


「───それだけ強くて、ステラさんを助けて……そんなヴァンスさんに、僕の気持ちが分かるわけがない」


───エドガーは揺れる栗色の瞳に隔絶と羨望を満たして、ヴァンスを見ていた。



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