23.優しい人々
ヴァンス達が食堂へ向かうと、すでにテーブルには料理が並べられ、施設の面々が席についていた。
抱えていたステラを降ろして椅子に座ると、レティシア達と楽しそうに談笑するエドガーとバレンティアの姿が視界に入った。
二人は昨日施設の皆に紹介したばかりだが、上手く溶け込めているようでなによりだった。昨日今日は自分のことで手一杯で、二人に気を回している余裕などなかったのだ。
何だか、こうして皆と食事をするのが久しぶりに思えて、場違いな感慨を覚えた。
「───そういえば…シエル、今日はエレナ達と買い物に行ってくるって言ってたけど、どうだった?」
感傷的になってしまったのを誤魔化そうと、ヴァンスは遠い今朝の記憶を引っ張りだし、シエルに話を振った。
「街で迷いそうになったりもしましたけれど、その他は特に何事もなくて楽しかったです。……本当に」
「迷ったのか……。まあでも、楽しかったなら良かったよ。───エレナは?」
「…楽しかった」
シエルの隣に座るエレナにも聞いてみると、少女は小さな声で答えた。
誰に対しても心を開こうとしなかったエレナがこうして質問に答えてくれるようになったことを嬉しく思いながら、ヴァンスはそのきっかけとなったシエルに感謝した。
エレナも、鈍色の瞳がいつもより輝いているところを見ると、どうやら本当に楽しかったらしい。最近は、シエルにべったりな子供たちとも仲良くやっているようで、見ていてほっこりする。
───こうやって、だんだんと打ち解けていってくれればと思う。
物思いから覚め、ヴァンスは皆が自分を待っていることに気付いた。
「…じゃ、お待たせ。───いただきます」
「「「いただきます」」」
ヴァンスの声の後に全員が唱和し、ようやく食事となった。
今日の夕食であるエビピラフを木製のスプーンで掬い、口に運ぶ。
「───」
「…ヴァンス?」
スプーンを口に突っ込むなり動きを止め、目を見開いたヴァンスにレティシアが心配そうな声を出した。
「もしかして……不味かったですか……?」
ピラフを作ったであろうレティシアの不安げな視線に顔を上げ、ヴァンスは首を横に振った。
「───おいしいよ」
その言葉は本心だ。
───このとき食べたピラフは今までにないくらい、美味しいと思えた。
レティシアの料理は勿論美味しい。だが、いつにも増して美味しく感じられたのは、精神的な影響によるものだろう。
───何気ない日常の一コマに感動してしまうくらいには、疲弊しているのだろうなとぼんやりと思った。
不意に、横からスプーンが皿へとのびてきて、ヴァンスは困惑する。
意図が分からず見守る前で、のびてきたスプーンはエビをヴァンスの皿にのせると、すぐに引っ込められた。
……要するに、エビを譲渡された。
横をチラ見すると、意外だがスプーンの持ち主はアルバートだった。
黒髪の騎士殿はエビが苦手なのだろうかと考えてしまってから、ヴァンスはすぐにそれを打ち消した。ヴァンスとアルバートの間にはジュリアが座っているのだから、食べられないのであれば彼女にあげればいいだけの話だ。
ならば、考えられる理由はひとつだけ。
瞠目したヴァンスの反対隣からまたしてもスプーンがのびてきて、エビが増えた。今度はステラで、目が合うと彼女は柔らかく微笑んだ。
そこからはもう、次から次へとエビがのせられていく。
驚いたのは、ステラとアルバートだけでなく施設のほぼ全員がエビをくれたことだ。
サラにまで「どーぞ」と言われ、何ともいえない気持ちになった。
それでも、くれようとするのを拒まなかったのは、皆の気遣いを無為にしたくなかったのと───凄く嬉しかったから。
「…おいしいとは言ったけど、こういう意味じゃなかったと思うなぁ……」
ヴァンスはエビの割合がご飯を上回ってしまった皿を見つめて言った。
誰も何も言わないのは、これがヴァンスの照れ隠しだと分かっているからだ。
───何もかも、見抜かれているのだと思う。
本当に、ヴァンスのまわりにいる人々は優しい。
「あ」
ヴァンスはエビが山積みになった皿を引き寄せると、崩さぬように気を付けながら食事を再開した。
「…美味い」
大袈裟と言われるかもしれないが、このピラフの味を、ヴァンスは一生忘れないだろう。
いや。
───この一世が終わってもずっと、俺の魂は皆の優しさを覚えているだろう。