12.伝言
ジュリアが路地に連れ込まれた事件から一週間がたち、ヴァンスは先に帰ることなく浴場の外で待っていた。
あの出来事にジュリア自身も恐怖を覚えたらしく、常にヴァンスといる。…まあ、ヴァンス的にはベスティアの森についてくる口実ができたようで複雑なのだが───
「うわ」
ふいに目の前に現れた人物に、ヴァンスが顔をしかめた。
「そんなに嫌な顔をしないでくれたまえ。───君にとって良いことを伝えに来ただけだからね」
黒髪の騎士、アルバート・カールトンが立っていた。
「先日は、ありがとうございました。助けていただいて」
ジュリアが合流し、アルバートに礼を言う。
それがどうにも面白くなく、ヴァンスはそっぽを向いていた。
ただ一人、ジュリアだけが兄の不機嫌の理由が分からず首を傾げている。
「…さっきの、どういう意味だ」
アルバートはちらりと周囲を見ると、
「ここは人の目がある。場所を変えよう」
確かに、騎士であるアルバートと共にいるヴァンス達は目立っている。ヴァンスは渋々了承した。
「……なあ」
「何か?」
「ひとつ言っていいか?…よしいいな、言うぞ」
自分で聞いて自分で答えを出すと息を吸い、
「場所を変えるって言って何で俺達の宿に来るんだよ‼」
───そう、今三人がいるのはヴァンスとジュリアが泊まる宿の部屋だ。
「ならば、君はここの他で話をするのに最適な場所を知っているのか?もし知っているのなら案内してもらいたいな」
紫眼で真っ直ぐ見つめられ、そう言われれば返す言葉がない。ヴァンスが知っているのはベスティアの森ぐらいだからだ。
ジュリアがお茶を用意しようとするが、アルバートは手で制した。
「で?何の用だ?」
彼はすぐには問いに答えず、ヴァンスの手元をじっと見て、
「……それは回復薬だろうか。どこか負傷でもしているのか?」
アルバートが眉をひそめて聞いてくる。ヴァンスは手にした回復薬の瓶を傾け、
「いや、どこも怪我してない」
一層訝しげな表情になるアルバートに、ジュリアがため息混じりに言った。
「…兄は、回復薬に依存してるんです。無意識に飲んでるらしいです」
アルバートはそれだけで何かを悟ったようだった。ヴァンスに不憫そうな目を向け、ようやく本題に入る。
「私の用は、伝言だよ」
「伝言?」
続く言葉に、ヴァンスは驚愕した。
「───君の囚われのお姫様からの、伝言だ」