22.分かりやすい安堵と
温かい。
───微睡みから覚めて、最初に感じたのは包み込まれるような温もりだった。
「ん……」
俺は柔らかい感触に全身を預けたまま眠っていたらしい。いつの間にか体にはブランケットがかかっていて───柔らかい、感触……?
一気に意識が覚醒し、俺───ヴァンスは慌てて飛び退ろうとしたが、上手くいかなかった。頭と背中に、細い腕がまわされていたからだ。
「───あ…ヴァンス、起きた?」
身動きしたのが伝わったのだろう、上から声が振ってくる。誰などと考える必要もないほど耳に焼き付いた声で───
「ス、テラ……その、これは………」
状況から考えて、泣き疲れてステラに寄り掛かったまま眠ってしまった、といったところか。
どう言い訳したものか、と考えてから、まず最初に言い訳を考えるのは如何なものかと思い直し、ゆっくりと顔を上げた。
───ステラの蒼穹の瞳に見つめられ、ヴァンスは思わず動きを止めた。
次いで猛烈な恥ずかしさがこみ上げてきて、ヴァンスは目を伏せる。
恥ずかしい。ステラに寄り掛かって眠ってしまったのもそうだが、それ以上に。
ずっと付き合ってくれていたステラに礼を言うよりも先に、言い訳を考えていた自分自身がとてつもなく恥ずかしい。
───彼女はその瞳に、純粋にヴァンスを案じる色を浮かべていたというのに。
「…悪い。───ありがとう」
ステラは僅かに目を見開くと、何も言わずに微笑んで、まわしていた腕を緩めた。
改めて部屋を見回すと、室内は薄暗かった。竜のもとから帰ってきたのは昼過ぎだったはずなので、思った以上に長く眠っていたらしい。
不思議と、悪夢は見なかった。多分それは、ステラが寄り添ってくれていたからだろう。
疲労感は抜け落ち、ごちゃ混ぜになっていた感情はひとまず落ち着いてくれたようだった。
「───そろそろ夕飯の用意ができるころだと思うけど……ここに料理運んだほうがいい?」
ステラの気遣いに首を横に振り、ヴァンスはベッドから降りて皺になってしまった服を伸ばした。
「今さらかもしれないけど…あんまり心配かけたくないしさ」
「…ほんと……今さら」
上目遣いでこちらを見てくるステラに肩をすくめてみせ、ヴァンスは彼女に手を差し出した。
おそるおそる手を取ったステラの腕を引いて「きゃ」と悲鳴をあげさせてから、彼女の体を横抱きにした。
「……もう」
「諸々のお返しみたいなもんだよ。……安いかもだけどさ」
ステラはそれを聞くと頬を染め、ヴァンスの胸板に手を触れて言った。
「………安くなんて、ないから」
その言葉を嬉しく思いながら廊下に出ると、ちょうど呼びに来ようとしていたのだろう、ジュリアとアルバートの姿があった。
「───」
二人はステラを抱っこするヴァンスに気付くと、微妙な顔をした。
心配一色から呆れと安堵が入り混じったような表情へと徐々に変化させた二人は、無言で背を向けると来たばかりの廊下を引き返し始めた。
「いやいやいや、無言⁉」
確かに、深くは聞かれたくないが、黙って立ち去られるのも何か納得がいかない。
大声にジュリアは振り返り、ちらりと隣のアルバートを見て、
「いつも通りだね」
「ああ」
「……いや、だから俺にも何か言ってくれないか?」
ヴァンスが苦言を呈すると、ジュリアは小首をかしげてから口を開いた。
「仲がおよろしくてようございますね、とか?」
「………何か、もういいや」
やけに良い笑顔を向けてくるジュリアに嘆息すると、いつの間にか近付いてきていたアルバートに軽く肩を叩かれた。
紫水晶の瞳に見つめられ、ヴァンスは瞬きする。アルバートはしばしじっとヴァンスの瞳をのぞき込んでいたが、やがて吐息して視線を外した。
何なんだと言おうとしたヴァンスは、アルバートの口元が微かに緩んでいるのに気付いて口を閉じる。
───彼は彼なりに、憂慮してくれていたということか。
いやはや全く、分かりにくい騎士様だ。
むず痒いような感覚を味わい、ヴァンスはアルバートの横顔から目をそらした。
その様子を見ていたステラとジュリアがくすりと笑みを交換したことに、ヴァンスは気付かなかった。