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21.最期の願い



「……これが、ウォレスの全てだ。余すところなく、全部」


 ステラ達だけでなく、竜すらも沈黙を守っている。

───恐らく、『ウォレス』が死んだ後、人々は竜に与えられた力を使用して結界を作り上げたのだろう。

どうすれば結界を作れるのかは分からないが、身体強化のように力そのものを作用させているはずだ。

 ヴァンスは頬に残る涙の跡を拭おうとし、持ち上げた指先が震えていることに遅まきながら気付いた。


「あ」


 重たい雰囲気に誰もがいたたまれなくなってきた頃、ジュリアが小さく声を上げた。

全員の視線をあびたジュリアは気後れしつつも、ヴァンスを見て言った。


「お兄ちゃん……その、エストレイアさんの持っていたペンダントって、どこにあるの?」


質問の意図が分からず、首を捻るヴァンスの横で、ステラが「そっか」と呟いた。


「私がそのペンダントに触れれば、エストレイアさんの思いを視ることができるかも」


「───っ」


息をつめたヴァンスに、竜までも口を開く。

竜は青みがかった翼をばさりと羽ばたかせ、


『我は、ペンダントの在処は知らぬ。だが───探す手伝いならば可能だ』


 三人に真摯な目を向けられ、ヴァンスは何か言おうとして、やめた。

瞳を揺らし、震える唇を噛み締めるヴァンス。

ここまで無言を貫いていたアルバートまでも、一歩前に踏み出した。


「ドラゴン様はこう仰っているが、どうする?」


冷淡ともとれるアルバートの口調だが、紫の瞳には確かな憂慮が瞬いている。

彼自身思うところがあるからこそ、冷静に努めているのだとこの場にいる全員が分かっていた。

 皆が心からヴァンスを案じてくれているのは、誰に言われるまでもなく感じていた。

だから、ヴァンスは───、


「ありがとな、みんな。───でも、いいんだ」


「え……?」


ステラとジュリアが、掠れた息を零す。

何で、と言いたげな彼女達に、ヴァンスは苦笑した。


「俺はさ……。もう…ウォレスじゃなくて、ヴァンスなんだ」


「───」


「俺はヴァンスとして、ステラの隣にいる。だから……いいんだよ」


そう言い切ってしまえば、二人も返す言葉がないようだった。

 俺は空気を切り換えるように手を叩くと、竜に向き直った。


「新たに聞きたいことがあるんだ。……ステラ」


 ステラがポケットをつつくと、しばらく間があってから白いもふもふがぴょこっと顔を出した。

もふもふ───モフリアは眠たげな顔できょろきょろと周囲を見回すと、ふあ、と呑気に欠伸をし、もそもそとステラの手のひらの上に移動した。


「んー……にゃにか、用……?」


「用があるから呼んだんだよ、モフリア」


「お兄ちゃん、アトリアだってば」


ジュリアの訂正を綺麗にスルーしたヴァンスは、モフリアについて簡単に竜に説明し、


「何で魔石に力を注いでモフリアが出てきたのか、分かるか?」


 竜はしばし黙ると、丁寧に説明してくれた。

それが非常に長かった上に、難しかったので噛み砕くことにする。


 竜を含めた魔獣は皆、『力』を持っている。

だが───魔獣は基本的に、人を襲う以外の意思を持たない。

つまり、力はあれどそれを扱う意思がないため、ほとんど影響はないと思っていいのだそうだ。

しかし、魔獣が普通の獣と区別されているのは、やはりその力の有無が大きい。

知性はなくとも、魔獣は本能として力による身体強化のやり方を知っている。常人が魔獣に勝てないのには、そういう理由があるのだ。

 話はそれたが───稀に、あり得ないほど大きな力を持つ魔獣が現れる。竜のように種族全てが強大な力を持っているのはひどく貴重らしいが。

ともかく、莫大な力を持った魔獣は知性を得るのだという。話したり、簡単な力の譲渡を行ったりできるようになる程度だそうだが、それは大きな変化だろう。

…噛み砕いたはずなのに、分かりにくいのは何故だ。


『魔石から生まれた、と言ったな。───魔石は、魔獣の中にある力の核だ。核に力を注いだことにより、人工的に知性を持った魔獣を生み出したのであろう』


「…じゃ、モフリアは竜と同じような存在ってことか?」


 竜は無言で肯定した。ヴァンスはまじまじとモフリアを見つめ、


「……凄いな」


「にゃ、それほどでも……」


「───ああ、モフリアのことじゃないぞ。お前を生み出したステラに凄いなって言ったんだ」


「ふぁっ⁉」


───などと少しでも、ウォレスの話で暗くなった雰囲気を払拭しようと軽薄に振る舞っているが、ステラ達の表情は晴れない。モフリアは素だろうが。


「ねぇ、ヴァンス」


「───」


「施設に帰ったら、私の部屋に来て」


 突然真剣な顔でステラに言われ、ヴァンスは息をのんだ。

視線に圧されるまま頷くと、ステラはじっとこちらをのぞき込んでから、少し距離をとった。

 その様子を見ていた竜が、誰にも聞こえない音量で呟いた。


『…因果なものだな………』



***



 竜に礼を言って帰ってきたヴァンスは、言われたとおりステラの部屋に向かった。

───帰り道、会話が弾まなかったのは言うまでもない。

気を遣わせている。それが分かるだけに、申し訳ない気分だった。


「───ステラ、入るぞ」


 ノックのかわりに声をかけてから、ドアを開ける。ステラはベッドの上にぺたんと座っており、手招いてきた。


「何か、話があるのか?正直今日はちょっと疲れたから、あんまり長くなければ助かるんだけど……」


「ヴァンス」


 殊更明るく振る舞うヴァンスの言葉を、ステラが遮った。ステラの真っ直ぐな瞳に、口を閉じてしまう。

ステラの手が頭を包み込み、胸に引き寄せられる。

いきなりの行動に動揺するヴァンスに、ステラはそっと語りかけた。


「……強がらなくて、いいから」


「───。強がってる?俺が?…俺はこのとおり、どこも無理は……」


「───本当は、ペンダントを探してエストレイアさんの思いを知りたかった。……違う?」


思わず黙り込んだのは、ステラの台詞が図星だと分かっているからだ。


「………何で」


「見てれば、分かるから。…私だけじゃない、ジュリアもアルバートも気付いてた」


 ヴァンスの強がりは、付き合いの長い三人にはお見通しだったということか。

ヴァンスは自分がひどく滑稽なもののように思えて、唇を自嘲に歪めた。


「……そうだよ。俺は───レイアが最期に何を思ったのか、知りたかった」


どうしても、知りたいと思った。

たとえそれが聞くに堪えない悪罵や、百通りの呪詛だったとしても。


「言いたいこと、あっただろ……?あったはずの未来を奪われて………どんな言葉を言われても、俺は甘んじて受けられた!だって!」


「───」


「俺が約束を守っていれば、レイアは死なずにすんだんだ……‼」


 ステラが何も言わずに受け止めてくれるのをいいことに、ヴァンスは震える情けない声で内心を吐露する。


「……ちゃんと…最期の思いまで、見届けてやりたい。やりたかった。けど……だめなんだ」


「どうして……?」


───別にヴァンスは、ステラに負担がかかるからできないと言っているわけではない。みんなに気を遣わせたくないからでもない。…その気持ちがないと言えば嘘になるが、一番の理由ではない。

できないと、こんなにも拳を震わせる理由は───、


「…俺は、ヴァンスなんだよ……どんなに後悔して、エストレイアに思いを馳せたとしても、俺はウォレスじゃないんだ……」


 その声はやけに掠れ、虚しく空気に溶けて消えた。

ヴァンス自身、聞こえたか分からないくらいの掠れ声だったけれど、ステラと───部屋の外で聞き耳を立てているジュリアとアルバートには、ちゃんと聞こえていた。


「俺には俺の大事な人がいる。守りたい人がいる。…その大切な人をないがしろにして、エストレイアを想い続けてたら……きっとまた、俺の手からこぼれ落ちていく」


「───」


「失いたく、ないんだ……俺のせいで、大切な人たちが命を落とすなんてこと…もう、二度と………」


 後半は激しく震え、ヴァンスの頬を伝う熱い雫がステラの着るワンピースに次々としみ込んでいく。

まわされた腕に、力が込められた。引かれる力に抵抗せず、ヴァンスは顔を押し付ける。

幼い子供のように嗚咽を零すヴァンスの背中を、ステラは優しく撫でた。安心させるように、私はここにいると言っているかのように。




───泣いて泣いて、涙も枯れ果てて、ヴァンスはゆっくりと顔を上げた。


「───落ち着いた?」


 多くを聞かず、そう言ってくれるステラの優しさに救われながら、ヴァンスは頷いた。


「みっともない、とこ……見せちゃったな」


「いいの。……記憶を取り戻して、何も思わないほうがおかしいから。…それに」


ステラは泣きすぎて赤くなったヴァンスの鼻の頭を指先でちょんとつつき、微笑んだ。


「ヴァンスが意外と涙もろいってこと、知ってるから」


ステラの微笑を間近で見つめて、やっぱり敵わないな、とヴァンスは思った。

───胸を締め付けていた切なさは、涙とともに流れ落ちてしまったようだった。


「───あのね、ヴァンス」


「───」


「エストレイアさんはたぶん……最期に、こう言いたかったと思うの」


 ステラは強張るヴァンスの頬に触れて、その言葉を桜色の唇から紡ぎ出した。



「───『生きて』」



───あくまでもこれは、ステラの想像のはずだ。だが、何を分かったようにと怒る気にはなれなかった。

それどころか───ああ、そうだったのか、と納得までした。


『生きて』。

それは、ウォレスの知るエストレイアの姿と、性格と───声と、重なって。


「───」


枯れたはずの涙が、音もなく頬を伝った。

温かい感情に、胸が満たされたのを感じる。

包み込まれるような温もりの中に、ほんの僅かな哀切を滲ませて。


「俺は、結局……レイアの最期の願いすらも踏みにじったのか………」


「───ううん、まだこれからだよ、ヴァンス」


 頬の涙を手で拭ったステラの言葉に、ヴァンスは俯きかけていた顔を上げさせられる。


「ウォレスはヴァンスとして、エストレイアさんの願いを忘れずに、生きていけばいいの」


忘れずに、生きていく。

───それで、いいのだろうか。

エストレイアの思いは、願いは、報われるだろうか。


「大丈夫。───それだけが、エストレイアさんの想いに応える方法だと、私は思うから」


 ヴァンスは───否、ウォレスは泣き笑いの表情を浮かべ、ステラの肩に頭を預けた。


───さっきとは違い、静かに涙を流し続けていた。



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