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17.魔石の利用



───誰かの、声が聞こえた。


『───約束』


 切ないほどに胸を掻き乱す声。

手を伸ばして、けれど届かないところにあって。


『待って…待ってくれ……!』


叫びも虚しく、声は遠ざかっていく。

無力さに、蹲ることしかできない俺は、『彼女』にむけて手を伸ばした。

最後に、聞こえた言葉は。


『───』


脳が理解して何かを思う前に、俺は───。



***



 目覚めて視界に入ったのは、自室の天井だった。

ふと右手に違和感を感じ、目の前にもってくると、何故か包帯が巻かれていた。

身に覚えのない怪我を不審に思いながらも、ヴァンスは身を起こそうと───、


「ぅ、あ……」


突然割れそうな頭痛が突き抜け、ヴァンスは呻き声を漏らした。

おそるおそる後頭部に触れてみると、腫れているのが分かる。だが、頭を打った記憶などない。

 痛みが少し収まり、ヴァンスはそろそろと顔を傾けた。


「───は?」


驚くのも当然だ。

───ベッド脇に並んだ椅子に座ったまま、ステラとジュリア、さらにはアルバートまでうたた寝をしていたのだから。


「は、え?…どういう……?」


 混乱するヴァンスの声を聞きつけたのか、ステラが身じろぎした。

彼女は目を擦りながら顔を上げ、ヴァンスが見ているのに気付くと飛び付いてきた。


「───ヴァンス‼」


「ス、ステラ……⁉」


 その声に、ジュリアとアルバートも目を覚まし、いつものヴァンスの様子に安堵の吐息を零した。

状況が分からないヴァンスだけが首を捻り、


「ええと……知らない間に怪我が増えてるんだけど、何かあったのか?」


 あったんだよ、というのがヴァンス以外の三人の総意だった。



***



 昨夜のことを懇切丁寧に説明されて、ヴァンスはひとつ頷いた。


「まったく覚えてない」


 竜に会いにいったところまでは覚えている。しかし、どのような会話をしたのかさっぱり記憶にない。


「竜のとこもう一回行けば思い出せるかなぁ……」


「───今日はやめておいたほうが良い。頭を打っていることだし、無理はするな」


 アルバートが珍しく率直に気遣ってきて、ヴァンスは少なからず驚いた。反論することも忘れて頷くヴァンスに、彼もまた眉を上げたが、アルバートが何かを口にする前にステラが言葉を発した。


「私が力を譲渡して、治療できれば良いんだけど……」


「力による干渉を受けないから、治療できないのか…なるほどな……」


 ヴァンスはしばらく無言で天井の模様を睨み付けていたが、ふいに顔をしかめながら起き上がった。


「ヴァンス、無理は……」


「───やってみたいことが、あるんだ」


止めようとしたステラは、ヴァンスの瞳を目にして口を噤んだ。

 ヴァンスは腰につけたポーチをベッドの上で逆さまに振った。シーツの上に転がり落ちてきたのは、色とりどりの石───魔石だ。


「魔石は、身につける者の身体能力を底上げする。───力を全身に行き渡らせたときの効果と、ほとんど同じだ」


「───」


 緑色に透きとおった魔石をつまみ上げ、ヴァンスは続けた。


「もし、魔石の力と竜とかの力が同じなら───魔石から、力を吸い取ることができるかもしれない」


 こじつけに過ぎないが───やってみる価値はある。

 包帯の巻かれた手で握りしめた魔石がじんわりと熱を帯び、傷が癒えていくのが見なくとも分かった。

完全に痛みが消えると同時に、魔石は光を失って砕け散った。


「と、まあこんな感じで、他者から治してもらうことはできないけど───自分で治すことはできる、かな」


 右手の包帯をほどいて見せると、傷は跡形もなく消えていた。

砕けた魔石を矯めつ眇めつ眺めていたステラが、ぽつりと呟いた。


「───逆に、魔石に力を注ぎ込んだらどうなるのかな」


 その言葉に、ヴァンスは慌てる。まさか、爆発したりといったことにはならないだろうが、吸い取るより注ぎ込むほうが危険度は高いはずだ。

体を強張らせたヴァンスをステラはちらりと見て、シーツの上に置かれているトパーズに似た魔石を手に取った。


 魔石が眩い光を放ち、ヴァンス達は目を開けていられずに手で顔を覆う。

───光が収まったとき、ステラの手の上に魔石はなく、代わりに奇妙な物体が乗っていた。


 手のひらサイズの毛玉、とそう形容するのが一番近い気がする。真っ白な毛玉は見るからにふわふわしていて、ヴァンスは手が伸びそうになるのを懸命に堪えた。

なおも凝視していると、毛玉はもぞもぞと動き始めた。ぎょっとするヴァンス達を余所に、毛玉は顔───そう呼んでいいかは分からないが───を上げた。

 ぴょこんと立つ三角の耳に、黒っぽい大きな瞳。

耳のあたりにオレンジ色の宝石があしらわれているのが印象的だった。

…洋服等の飾りに使われる白いポンポンに猫耳が生えたみたいな生物、と言えばわかるだろうか。


「ふわぁ」


 毛玉はヴァンス達の視線を気にも止めずに、呑気に欠伸をしていた。それから、ぱちぱちと瞬きするとステラの肩の上に跳び乗った。


「………どゆこと?」


「………さあ?」


 魔石に力を注いで現れた毛玉だが、何なのか見当もつかない。

魔石は魔獣の体内で生成されるということを考えると、この丸くて小さなもふもふは魔獣というカテゴリーになるのだろうか。

だとすれば、なおさら分からない。魔獣は例外なく人間を襲うはずなのだ。


「言葉って通じるのか……?」


「もふ?」


「……まさか『もふ』しか言えないとかじゃないよな」


「にゃ?」


「………」


 会話を試みようとしたが、上手くいかない。

本当に喋れないのか、ヴァンスをからかっているだけなのか。


「普通に喋れるけどにゃー」


「おい!」


どうやら後者だったらしい。可愛い見た目して、なんて奴だ。

せめてもの仕返しに、両手で存分にふわふわな毛並みを堪能する。毛玉は「ふぁ⁉」と驚いていたが。


「…お前の名前は?」


「分からにゃいにゃー」


「おい‼」


二度目。

ヴァンスは深呼吸すると、「名前、名前なぁ」と呟いた。

名前が分かれば少しは呼びやすくなるかと思ったのだが、分からないときた。こうなったら名前をつけてやると意気込んだヴァンスが出した答えは───、


「『毛玉』と書いて『もふもふ』と読む。よくないか?」


 結構いい名前だと自負しているのだが、三人+一匹(?)の反応は芳しくなかった。


「悪くないけど……ちょっとそのまますぎるかな」


「お兄ちゃんってひょっとして、ネーミング苦手?」


「毛玉というのはどうかと思うが」


「もっとこう…にゃんかにゃかったの?」


 全員に否定されたヴァンスはそっぽを向き、なら何かいいアイデアがあるのかと問いかけた。


「んー……『ふわふわ』?」


「一緒だ──────‼」


 『もふもふ』をそのまますぎると言ったステラ自身が、ヴァンスと大して変わらないネーミングセンスを発揮した。


…非常に長い時間がかかったので割愛するが、最終的に毛玉の名前はジュリアの意見である『アトリア』に決まった。

決め手は、と毛玉───アトリアに問うと、


「一番マトモだったからかにゃ?」


「……」


言外に、ジュリア以外の出した名前はまともでなかったと言われてしまっていた。

まともじゃないと言われたのが悔しかったので、ヴァンスはアトリアをつついて言った。


「よろしくな、モフリア(・・・・)


「ふぁっ⁉」


 ヴァンスの手の上で、アトリア───改め、モフリアは素っ頓狂な声をあげたのだった。



ちなみに。

アルバートの出した名前の案は、『シロ』だったとか。


ありがとうございました(*^-^*)

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