14.問題のひとつ
朝食を食べて、少し気が緩んだのだろう。エドガーとバレンティアは眠りに落ちた。
わざわざ食堂まで移動させるのも可哀想だと、ジュリアが部屋まで朝食を運んできてくれたので、二人一緒に食事し、そのまま仲良く眠ってしまったというわけだ。
当然ベッドはひとつで、エドガーを元の部屋に運ぼうかとも思ったのだが、あんまり気持ち良さそうに眠っているのと───目覚めたとき不安にさせたくなかったため、敢えて動かさなかった。
ステラとジュリアを部屋に残し、廊下に出たヴァンスはふう、と吐息を零した。
いろいろと問題が増えた───それが正直なところではあるが、嫌な気はしていなかった。
───嫌ではないからといって、疲れてないわけではないが。
「どうかしたのか?」
吐息に隠しきれぬ疲労感を感じとったアルバートが視線を向けてきて、ヴァンスは無言で首を横に振った。
なおも訝しげな目で見ているアルバートに嘆息すると、
「…エドガーとティアが来たからってわけじゃないけど、そろそろ貯金が底をつくんだよな……」
「───」
ヴァンスはステラを救出してからというもの、ほとんどベスティアの森に行っていない。
行ったとしても、目的は魔獣との戦闘ではなく竜への聞き込みだ。
ヴァンスの収入源は魔獣からとれる魔石なのだから、貯金が減少するのも頷ける。
大体、これまでは魔石を買い取ってもらうアテがあったが、呪い事件の術者としてロイドが捕らえられたから、まずは買い取り先を探さねばならない。
現在の状況を聞いたアルバートはさぞ呆れているだろうと思ったのだが、意外にも真剣な顔で何やら考え込んでいた。
「───騎士団のほうで、魔石を買い取れるかもしれない」
「……っ、ほんとか?」
「ああ。騎士団は常に物資が不足している。おそらく買い取れるだろう」
原理はまだ解明されていないが、魔獣の体内にできる魔石を加工して身に付けると、身体能力が僅かに上昇するのだ。
戦闘を生業にする騎士団が求めるのも、当然と言えるだろう。
「…分かった。───買い取り先はいいとして、魔石をとりにいかないとなぁ………行ってくるか」
「……君ひとりで行くのか?」
「ステラを危ない目にはあわせたくないからな。…といっても、戦える人間がそばについていないのも不安だ」
アルバートに戦闘を任せ、自分はステラとのほほんと過ごす選択肢など最初から無い。
───これは、ヴァンスの問題なのだから。
「だから、俺がいない間、ステラをお前に任せる。───頼む」
ヴァンスの問題と言ったが、自分ひとりでは手が足りないなら、他人の協力を仰ぐことは厭わない。
完全に寄りかかることはしないけれど、全て抱え込むようなこともしない。
───頼って頼られて、支え合える。そんな関係でいたいから。
「…了解した。───だが、十分に気を付けてくれ」
「勿論。……遅くならないようにはするからさ」
ステラ達に無用な心配をかけたくない。エドガーとバレンティアのことも気掛かりだ。
ひらひらと手を振り、ヴァンスは部屋に戻るとステラとジュリアに森へ行く旨を伝えた。
ステラには当然のごとく心配され、止められたが他にお金を得る手段がないのも事実だ。
「……気を付けてね」
不安を押し隠し、そう言って送り出してくれたステラの優しさに甘えながら、ヴァンスは施設を出た。
久しぶりの戦闘に、自然と緊張感が高まる。
左の上腕部に筋が引きつるような感覚を覚え、ヴァンスは苦笑した。
魔獣に腕の肉を噛み千切られたことは忘れようにも忘れられないし、今でもたまに悪夢を見る。
けれど、だからこそ───己の力に溺れずにいることができるのだ。
「───行くか」
目の前の、魔獣の生息地たる森を前に呟き、ヴァンスは結界の中へと足を踏み入れた。