13.『これから』のこと
───僕達は、セヴェルという小さな街からやって来ました。
バレンティアは銀髪に青い目の特徴を持っています。ヴァンスさん達なら分かるかと思いますが……街の人達から話を聞いた騎士達はティアの捜索を始めたんです。
「……当然ティアは街にいられなくなって、僕は彼女を連れて逃げ出しました」
そこで、エドガーの声が途切れる。
───ヴァンスはこんな小さな少女のことを騎士達に告げ口した人々に憤りを覚えるとともに、微かな驚きをも感じていた。
「セヴェルって、いつだったか聞いたことあるけど……だいぶ距離あるよな?歩いてこれないこともないかもだが……お金は、どうしたんだ?」
「それは……」
セヴェルからここまでは大体700kmはある。子供の足だから多少の差異はあれど、1kmを歩くのに十五分かかると仮定しよう。そうすると、約七日はかかる計算になる。
そして、今出した日数は休むことなく歩き続けた場合にかかる時間だ。当たり前だが不眠不休で歩くなど不可能なので、ここにたどり着くまではもっとかかっているはずで。
セヴェルとの間にはいくつか街があるが、二人が道中にお金を稼げたとは思えなかった。
「別に責めようなんて考えてないから、教えてくれると助かるかな」
助け船を出すつもりで声をかけたのだが、エドガーは視線を彷徨わせながら黙り込んでしまった。
バレンティアのほうは俯いたまま、何も言おうとしない。
沈黙が部屋に落ち、ヴァンスは何か言おうと───、
「ねぇ───私も、ティアって呼んでいい?」
突然、ステラが言葉を発した。声をかけられたバレンティアは驚き、目を瞬かせて頷いた。
「エドガー君とティアが言えないのは、後ろめたいからじゃなくて……そのことで追われてる。違う?」
ある程度の確信を持って問いかけているステラ。彼女の言葉が正しいのは、二人の表情を見れば明らかだ。
「ステラ、追われてるってどういう……」
「ティアは───『治癒』の力を持ってる」
ステラの言葉に劇的な反応を見せたのはエドガーとバレンティアの二人だ。
「どうして、それを……」
「───言ってなかったな、ステラは『視る』力を持ってて…過去だったり、力の有無だったりが視えるんだよ」
二人の疑問に答えたのはステラ───ではなくヴァンスだ。
ついでに竜の力についても説明しておくと、エドガーは小さく吐息した。
「……ヴァンスさん達は、凄いんですね」
「───」
その言葉に、賞賛以外の感情が込められていたように思えてならず、ヴァンスは思わず口を閉じたが、エドガーは気付かずにぽつぽつと話し始めた。
「ステラさんの仰ったとおり、ティアには不思議な力があって……他人の怪我や病気を治してしまえるんです。道中出会った人々を治療して、どうにか食料を買っていたんですが……変な人達に、狙われるようになってしまって」
「変な人達?」
エドガーの話によれば、寝ている間にティアが連れ去られてしまいそうになったのだという。
幸いエドガーがすぐに気付いて、大声で助けを呼んだため事なきを得たが、気付かなければどうなっていたことか。
「───ティアを騎士団に連れて行こうとした……わけじゃないな」
「同感だ」
「え…っと、どういうことですか?」
ちらりと視線を交わすヴァンスとアルバートに、エドガーの声がかけられる。
ヴァンスは「ええとな」と、丁寧に説明してやった。
「助けを呼んだらそいつらは逃げていった。…認めるのは嫌だが、この国の常識では銀髪青瞳の者は捕らえられて当然だ。ティアのことを騎士団に連れて行こうとしたなら、逃げる必要はない。───つまり、別の目的があるんだ」
詳しくは分からないが、恐らくはバレンティアの力を利用しようと考えている輩だろう。それ以外に思い浮かばない。
「事情は分かった。───それで、エドガーとティアはこれからどうしたいんだ?」
ヴァンスは表情を引き締めて、エドガーの瞳をのぞき込んだ。
『過去』については聞いた。ヴァンスが助け、『今』がある。ならば、『未来』は。
ここまで聞いた以上、何もせずに放り出すという選択肢はありえないが───聞くべきことは聞いておきたい。
「これから……」
「そう、これからだよ。君達は、どうやって生きていきたいんだ?」
エドガーは迷った末、はっきりとそれを口にした。
「ティアを…バレンティアを、守りながら生きていきたいです」
───胸の内に、温かいものが広がった。
ヴァンスは、まるで───過去の己と重ね合わせるかのように目を細めた。
「ティアは?」
「わ、わたしも……わたしも、エディの手助けがしたい、です」
ティアのほうも、つっかえながらも言い切る。
ヴァンスは真剣な表情を崩し、笑みを浮かべた。
「なら、俺達もできる限り手は貸すよ。施設にいつまででもいてくれていいし、お金の心配はしなくていい。二人が良ければ、だけど」
ヴァンスの提案に、エドガーとバレンティアは頷き合って、頭を下げた。
「───ありがとう、ございます」
───感謝を口にする二人の瞳が僅かに潤んでいたことは、誰も指摘しなかった。