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11.早朝の出会い



昨日、ステラは過去を視てくると言ってさほどたたずに現実(こちら)に戻ってきた。

体験していないから分からないが、おそらく時間の流れる速さが違うのだろうと、ヴァンスは思った。

考えてみれば当たり前な話である。ステラの言葉によれば、視るというより追体験するらしい。そんな何十人もの人生を、現実の時の速さで辿っていたら命がいくつあってもたりない。

よって、今回もそろそろ戻ってくるかと思ったときだった。


「───光?」


ステラが触れたままのルビーから、光が溢れ出している。

柔らかく、どこか温かみのある光たちは、ふわりと浮かび、天井を突き抜けて───消えた。

ジュリアやアルバートも、無言で光の粒を見送る中、ヴァンスが握っていたステラの手がぴくりと震えた。


「……ステラ」


呼びかけると、ステラは閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げ───潤んだ瞳をヴァンスに向けた。

彼女の体を優しく引き寄せると、ステラは抵抗することなくヴァンスの胸に額を押し当てる。

ステラは何も言わなかったけれど、ヴァンスはさっきの光が宝石に込められていた巫達の思いであったことを悟った。


「巫たちを、解き放てたんだな……」


「………うん」


「───頑張ったな、ステラ」


「……っ」


ヴァンスは知らないが、それはステラが巫達にかけたものと同じ言葉。

───苦悩と絶望に満ちた過去から解き放つ、救いの言葉。


ステラは肩を震わせ、泣きそうな表情のまま薄く微笑んだ。



***



いつの間にか、部屋にはヴァンスとステラの二人しかいなくなっていた。ジュリアとアルバートが気を遣って席を外したのだろう。

…まあ、昨日あれだけ見せつけていれば当然かもしれない。逆の立場だったらヴァンスも間違いなく部屋から退散していたはずだ。

ステラをベッドに座らせて、ヴァンスは姿を消した二人を呼びにいこうと部屋を出ようとし、しばし考えてから勢いよく扉を開けた。


「ひゃっ⁉」


悲鳴はジュリアのものである。ドアにへばりついて聞き耳を立てていたのは気配でバレバレだったので、敢えて何も言わずにドアを開けたのだ。

後ろに倒れ込みそうになったジュリアをアルバートが抱きとめるのを見て、ヴァンスは嘆息した。


「聞き耳を立てるくらいなら、部屋にいるのと変わらないんじゃないか?」


「う……お、お兄ちゃんこそ気付いてたなら声かけてよ!」


「ふうん。───声かけてたらアルバートに後ろから抱かれる体験はなくなってたぞ?」


「む、ぅ……」


反論しようとしていたジュリアは黙り、顔をそむけた。そんな妹の姿に苦笑し、ヴァンスは二人を部屋の中に入れた。

ヴァンスがベッドに座るステラの隣に腰掛け、向かいにジュリアとアルバートが移動させてきた椅子に腰を下ろした。


「さてと。───ステラ、残りの過去を視てきて、何か分かったか?」


何か、と聞いているが、一番知りたいのは結婚禁止に至った経緯だ。

ステラは首を縦に振り、思わず身を乗り出してしまう。それはヴァンスだけでなくアルバート達も同様のようで、三人はステラの言葉を待った。


「…巫が結婚することを禁じられているのは、」


息をつめるヴァンスの目をまっすぐに見つめ返し、ステラは言った。



「───初代巫に、結婚する相手がいなかったから」



***



───そこで「はぁ?」と言わなかった俺を誰か褒めてくれ。


だってあまりにも予想外で、正直そんなことか、と思ったのだ。

いや───そんなことで、の方が正しい。


「相手がいなかったというのが、何故結婚を禁じることにつながるんだ?」


「……自分が結婚できないことを、正当化したかったの。…それがだんだん、『私は一番だから、相手の男が上に立ち、私を左右するなどあり得ない』っていう考え方に変わっていったみたいだけど」


「………まじか」


一瞬、アルバートの疑問に答えるステラが別の人になってしまったかのような感覚を覚え、ヴァンスは掠れた呟きを零すほかなかった。

知りたかったことが分かったはずなのに、この胸に残るモヤモヤ感はなんなのか。むしろ知る前より悪い。


「…誰にでも、自分を優先する気持ちはある。その気持ちは大事だけど……表に出し過ぎるのは良くないし、普通は醜い感情だと思うはず。───そこが境なんだよ、きっと」


ステラのセリフになるほどと頷く。

初代巫は、おかしいとも醜いとも思わずに、正しいと信じ込んで生きてきた。


───人として、最も大切なところが欠如している。


出てきたのはそんな感想で、四人は顔を見合わせると同時にため息をついた。



***



───翌日の早朝。

ヴァンスとステラは二人だけで散歩していた。

明確な目的があったわけではないけれど、どちらともなく誘っていた。


どうしてもと理由をつけるのであれば───やはり気分転換か。


相容れない思考の者のことを理解しようとすればするほど、疲労感は募る。しっかり寝て身体の疲れはとれていても、心の疲れはどうしようもなかった。

ましてや、あれから巫達の過去について話を聞いたのだ。実際に体験したステラを目の前にしてこんなことを言うのはなんだが、精神的に結構キツかった。

簡潔に言えば、重たい気分を紛らわすためにこうして外を歩いているというわけだ。


街の外れにある森まで歩いてきたヴァンスは、足を止めると思い切り伸びをした。

この森はベスティアの森と違い、魔獣は生息していないため、結界は張られていない。のんびりするにはもってこいの場所だ。


鼻から空気を吸い込むと、森の匂いがする。

フィトンチッドのおかげかは分からないが、少しはリラックスできた気がした。


「───ふぅ」


横でステラも同じように深呼吸していて、ヴァンスは笑みを浮かべた。ステラのほうに体を向けようとして、ぴたりと止まる。


「───」


「…ヴァンス……?」


ある一点を睨むヴァンスに、ステラが首を傾げた。ヴァンスは目を逸らさないまま、じっと沈黙していたが、


「───やっぱり」


そう零すと同時に、ステラを抱き上げた。

何の予備動作もないまま足が宙に浮き、ステラは慌てる間もなくヴァンスの腕に支えられ、抱かれていた。

突然のお姫様抱っこに物申そうとしたステラだが、またしても口を開く前にヴァンスが走り出した。

あっという間に数十メートルの距離を駆け抜け、ようやくヴァンスが止まったので目を開ける。


───十二歳程度の、少年と少女が寄り添うようにして倒れていた。


二人はボロボロになったローブを纏い、フードを被った状態でうつ伏せに倒れていて、顔は見えない。


ヴァンスはステラをおろすと、二人に近付いて呼吸を確かめた。───息はしている。

少女のほうを抱き起こそうとして、はらりと顔を隠していたフードが外れた。


「───」


ヴァンスと、その隣にしゃがんで様子を見ていたステラは息をのんだ。

昇ってきた太陽の光に照らされて、長い髪が───銀髪が、煌めく。


意識のない銀髪の少女と、彼女に寄り添う少年。


───その二人との出会いが新たな波乱を呼び寄せるなどとは、このときのヴァンスとステラは思いもしていなかった。

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