9.哀歌 ~第5楽章~
───私の前にいた巫は初代巫ひとりだけで、しかも私が継いだ時にはすでに亡くなっていたため、ほとんどあやふやなまま儀式をするほかなかった。
侍女の中には、初代巫に仕え崇拝していた人がいて、彼女に儀式のやり方を指導された。
本当は、命を奪うなんてしたくなかった。
けれど、儀式を行わねば信頼を損なう。期待の目が、やり遂げることを求める目が私の退路を断った。
───皆が平穏に暮らせるようにするためだと、信じて。
儀式を終えて、《穢れた者》の死を見届けて、罪の意識に苛まれた私は必死にあの儀式には意味があったのだと、そう言い聞かせた。
なのに。
───その本を見つけたのは、偶然だった。
儀式が行われた日、内容などか書き綴られたそれは、初代巫の直筆のようだった。
私は丁寧に読み進め───後悔、することになる。
開かれたページ───そこには、何故巫が生まれたのか書いてあって、私は言葉を失った。
『銀髪青瞳の者には穢れが宿っているという適当な理由をつけて、私は彼女を葬った』
──やめて。
『穢れの宿った者───《穢れた者》達は、今後も儀式と称して消されていくだろう』
やめて。もうやめて。壊さないで。
『そうすれば、永遠に』
私の、わたしの心を壊さないで───
『そうすれば死後でさえも、私の一番は揺らがない───』
意味など、なかった。
《穢れた者》の死に、意味はなかった。
───ただ、たったひとりの女性を満足させただけで。
その意味のない行動のせいで、どうなった?
罪なき人々が嫉妬という理由で命を奪われ、私は消えない十字架を背負って。
誰も、幸せにならない。
人々の幸せのためだと思って、儀式をしたのに。
───取り返しのつかない不幸を、生み出した。
「いや…嫌……」
何度も首を横に振って否定しても、事実は消えない。
───整った文字達は、消えることはない。
「ぅあ……うああぁぁああっ‼」
絶叫し、そのページを破った。破り取ったページを引き裂いて、それでもなお足らずに本を投げ捨てる。壁に当たって床にばさりと落下した本を拾い、また投げた。本を拾う。投げる。拾う。投げ───
体力がつき、私は座りこんだ。
首にかかっていた赤い宝石を、窓の外に捨てる。幸い人はおらず、当たらなかったらしい。
私はしばらく、落ちた宝石を見ていたが───
「───」
無音の囁きを零し───それが最後だった。
外を巡回していた騎士が鈍い音を聞きつけて姿を現し、その惨状を見て絶句した。
私───第二代目の巫であるレイラの投げ出された手の脇…徐々に広がる血だまりの中、高所から落とされても割れていないルビーが、日の光を反射して赤く煌めいた。