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8.哀歌 ~第4楽章~



「───それじゃ、視てくるね」


一日ゆっくり休んだステラは、翌日朝ご飯を食べると、再び過去を視る意思を表明した。

ちょっと散歩に行ってくる、くらいの言い方だが、負担は散歩とは比較にもならない。

ステラの頬が強張っているのも、気のせいではないだろう。


現実(こっち)で俺がステラを繋ぎ止めてるからさ。───辛かったら遠慮なく戻ってきていいからな」


彼女の右手を昨日と同じように握ると、ステラは頬を赤らめ、微笑んだ。

ヴァンス含め、ジュリアとアルバートに見守られながら、ステラは反対の手で宝石に触れた。

滑らかな白い指が、きゅっとヴァンスの手を握り返し───光が散った。



***



───目を開けると、ステラはまた暗闇の中に立っていた。

相変わらず人々の哀しげな声は聞こえ続けているし、不安がないわけではない。

けれど───竦みそうになる弱い感情を抑えつけ、この場に立っていられるのは、右手の温もりがあるからだ。


突然、何もないところから光が差し込んだ。

光に照らし出されたのは、たくさんの人影。

身長はばらばら、年もそれぞれだが、強いて言うなら若い女性が多い、といったところか。

───彼女達の共通点は、皆艶のある白髪に、赤い目という特徴を持っているところだ。

ステラが過去を視てきた、またはこれから視ようとしている巫達であると、直感が言っていた。


『───助けて』


彼女達は、口々にそう囁く。

巫達の思いは、ステラを見て助けを求めていた。


───過去を視ようと、自然と足が前に出た。

十字架を背負わされてきた巫達の過去を視て未来を変えていくことが、人生を狂わされた彼女らの思いを解き放つたったひとつの方法だと思うから。


「待っていて。───皆を、助けるから」


決意と同時に、視界が暗転───直後、意識が別の誰かに変わる。


遠ざかるステラとしての意識は、最後に微かな声を捉えた。


『…待ってる』


そして、ステラは───。



***



───私が、初めてあの人を見かけたのはいつだったろうか。

多分何かの儀式で目にしたのだと思う。

黒に近い藍色の髪に、同じ色の瞳という、別にこれといった特徴はない彼のどこに惹かれたのか、今でも分からない。

喋ったことすらなかったけれど───私はいつも、部屋の窓から彼を見ていた。

聖堂の周辺を警護する騎士であった彼は、窓のちょうど真下あたりにいたのだ。

ぴしっと立つ彼の姿を見ながら、どんな人なのだろうと考えて、会話している自分を想像して。

───いつか話せたらなんて、思っていて。


私のささやかな願いは、叶わなかった。

───永遠に叶わなくなってしまった。


聖堂前から姿を消した騎士のことについて侍女を質問攻めにして、得られたのは───彼が死亡した、ということだった。

数日前、どこかで大規模な火事が起きたのだと、侍女は話した。私のひそかな想いを知っていて黙認していた侍女は、常の無表情を痛ましげに歪め、続ける。


「…あの騎士殿は非番だったにもかかわらず、燃えさかる家に取り残された子供を助けるために中に入ったそうです。子供だけはどうにか助けて、自分は……」


目の前が、真っ暗になった。

───本当にそれぐらいの衝撃で、その後の侍女の言葉はなにも耳に入ってこなかった。


私は、名も知らない騎士のことが好きだったのだと遅まきながら気付いた。


人生初の恋は、何もかもが終わった後に自覚して。


瞳は乾いたまま。───否、泣き方を知らない。

彼を悼むことすら、できない。

胸にぽっかりとあいた穴から、大切なものがこぼれ落ちていくのを感じながら。


───私は、五十年間巫として過ごした。

後継者がなかなか見つからないまま、ずっと。


───一体、いつまで。

一方通行の思い出を憧れという名の砥石で磨き上げて、宝石のように輝くそれに彼の姿を見出せなくなってもまだ、続くのか。



私───第十三代目の巫であるリシアは、大切な人のいない世界で、終わらない地獄に囚われながら、机の上に置かれた赤い宝石に目を向けた。

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