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6.哀歌 ~第3楽章~



───私は、いつ聖堂に連れて来られたのか覚えていない。

物心ついたときには巫として育てられていたから、両親の顔も何もわからなかった。

もともと知らなければ、寂しくなど思わない。それは、幸せだったのかもしれなかった。


六歳で巫を引き継いだ私は、祝詞を述べる儀式を苦には感じなかったし、外への憧れもほとんどなかった。

ただ───そんな日々も、十歳になったときに終わった。


この年、《穢れた者》に世の穢れを背負わせ、海に突き落として亡き者にするという儀式が行われたのだ。


穢れを払うとしか説明を受けていないまま、私は儀式を進行させ───崖下に落ちていく《穢れた者》の姿を目にした。

着水音は聞こえなかったが、途切れた悲鳴が何より鋭敏に、《穢れた者》の死を伝えてきた。


生まれて初めての、他者の『死』を目の前にして、私は震えた。崩れ落ちないようにするので精一杯だった。


あれは、見知らぬ誰かの『死』ではない。

間接的であるにせよ、私がもたらした『死』だ。


私は、何と恐ろしいことをしてしまったのか。


誰もいない石づくりの部屋で蹲って、何日も眠れず、食べられず、涙しては意識が途切れることを繰り返す。


悲鳴が、耳に焼き付いて離れない。


呪詛が聞こえる。《穢れた者》達が、私を呪う声が。

耳を塞ぐ。耳を塞いでいるのに、声は止まない。


───これは、十字架。

巫が背負っていかねばならない、十字架。

まだ幼い精神(からだ)には不釣り合いなほど巨大な十字架がのしかかっていて。


どうにか、背負って歩いていこうとしたけれど───


力が抜けた。冷たい石を頬で感じ、意識が遠ざかる。

ここ数日、何度か繰り返した気絶とは別の感覚。

───重たい重たい十字架に、ついには押しつぶされてしまって。


微かな息遣いが、途絶えた。


私───第二十一代目の巫であるシィアの体のすぐ脇に、傷一つない赤い宝石が転がっていた。



***



シィアの意識から切り離され、ステラに戻ってなお、重苦しさは残っていた。

重さに耐えかね、体が前のめりに倒れる───前に、力強い腕に抱き止められる。


───目を開くと見えたのは暗闇ではなく、心配そうにこちらをのぞき込むヴァンスの顔だった。



***



倒れそうになったステラの体を支えたヴァンスは、瞼がすぐに持ち上がったことに安堵した。

大丈夫かと声をかける前に、ステラがしがみついてくる。どうしたんだよと苦笑を浮かべかけ、触れる彼女の体が小刻みに震えているのに気付いた。


「ステラ…?」


「ヴァンス………ヴァンスぅ……」


ただ、ひたすらヴァンスの名を呼び、顔を押し付けてくるステラに困惑する。が、それは一瞬のことで、すぐにヴァンスは彼女を引き寄せた。


「大丈夫だ、俺はここにいる。ここにいるから……」


安心させるように背を撫でていると、次第に震えはおさまり、ステラは顔を上げた。


「落ち着いたか?」


問うと、ステラはこくりと頷いた。話せるまでには落ち着いてくれたようだが、ヴァンスから離れようとはしない。


「───戻ってきてすぐですまないが…何か視ることはできたのか?」


ひとまず落ち着いたところで、アルバートが切り出した。

ステラは瞑目し、ゆっくりと頷く。


「私に視えたのは、巫達の過去と思い。……四十人いるうちの半分しか視れてなくて、知りたいところはまだだけど」


「巫達の過去……か」


「……皆、助けを求めてた。今最後に視た記憶は…罪の意識に苛まれて、そのまま……」


ステラはそのときの光景を思い出したのか、俯いて肩を震わせた。

───これは力を使いすぎたときの消耗とは別種だと、ヴァンスは思った。

もちろん力の使用による疲労はあるだろうが、精神的な消耗と比べれば何てことないだろう。


本当は、代わってやりたかった。

もういいと、そう言ってやりたかった。

けれど、代わることはできない。───ステラにしか、できないことなのだ。


「…とりあえず、ステラは休ませたほうがいいな」


「ヴァンス、私は大丈夫だから……」


首を横に振って、もう一度過去を視ると言い張るステラ。

過去を視ようとするのを、止めはしない。だが、別に過去は逃げない。ゆっくり休んでから、再び試せばいい。


「大丈夫っていう顔じゃないのは見れば分かるよ。…俺も横についてるから」


反論しようとしていたステラが、付け足した一言であっさり陥落した。意外とちょろい。…そういうところも可愛いと思ってしまうから、重症なのだろうけれど。

アルバートがやれやれという顔をし、興味津々なジュリアがじー、と見ているのを感じながら、ヴァンスはひょいとステラを抱き上げた。


「───わ」


驚いたステラがヴァンスの首に腕を回した。そこまでしっかりしがみつかなくとも、落としたりはしないのだが。

ふとジュリアのほうを向くと、彼女は羨ましそうな目でこちらを見ていた。


「今はステラをお姫様抱っこしてるから、ジュリアもやりたいならまた後でな」


「───っ!お、お兄ちゃんじゃないから‼」


「ジュリアを抱くのは僕の特権だ」


「………アルバート、お前それ聞きようによってはちょっとアレだから気を付けたほうがいいぞ」


冗談で言ったのに、思いきり否定された。アルバートには独占欲を露わに睨まれるし、現在進行形で抱っこ中のステラには不満そうにぺちぺちと叩かれる始末。


「───ヒルメシは悪いけど持ってきてくれるか。ステラの横離れたくないからさ」


「…分かった。部屋で食べられそうなの作って持っていくね」


何だかんだ言っていても、頼まれてくれるジュリアには本当に頭が上がらない。一度下げたら上がらなくなりそうなので、可能なかぎり下げたくない。

ちなみに、損ねてしまったステラの機嫌は今の言葉で改善してくれたようでなにより。


───ヴァンスはステラの体を抱え直すと、彼女の自室へと歩き出した。

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