5.哀歌 ~第2楽章~
『第三章 1.嫉妬心と条件』に初めての挿絵を入れてみたので、もしよろしければご覧ください。
───私が聖堂に来たのは、十四歳のときだった。
他の巫たちは五歳くらいで聖堂にくるらしいが、私は巫になりたいとは思っていなかったから、ずっと普通の暮らしをしていた。
何故、それを親が認めたのか───理由は、私が持って生まれた力にある。
───他者の心を惹きつけ、言うことを聞かせられる力。
物心つくと同時に力の存在に気が付いた私は、思うままの生活を送っていた。
私は、『選ばれた特別な人間』だという意識を持つようになり、それに相応しいように振る舞った。
普通はその意識が大きな思い上がりであることに気付くのだが、私は違った。
年を重ねるごとに意識はさらに大きく、深く根付いていく。
思い上がったまま、誰も否定しようとしない。
そのことをおかしいとも思わずに私は成長し、ひとつの間違いをした。
この国の頂点───巫の座につくことを決断したのだ。
これまで忌避してきたのに、何故巫になろうとしたのか今でも分からない。
ひょっとしたら、毎日に退屈していたのかもしれなかった。
私の言うことを何でも聞いてくれる───それは便利ではあったが、つまらない。
傲慢な私は、『楽しいこと』を求めて巫になったのだろう。
両親に一言も言わないまま私は家を出ると、自ら聖堂にやってきた。
何しろ見た目が巫の条件と一致しているし、力もあるため特に問題もなく私は巫になった。
巫になって、楽しい毎日が待っている───そんなのは間違いだった。
料理は美味しいし、何もかもが最高級品で、最初は良かったのだ。
───三日もたつと、次第に暇を持て余すようになった。
外へ行きたくても、聖堂から出ることは許されない。
ならば部屋の中でと、本を読もうとしても置いてあるのは小難しい書物ばかり。
侍女達はほとんど口を聞いてくれず、騎士達に会うことも稀だ。
一日の大半をひとり広い一室で過ごし、儀式の流れや祝詞を覚える日々。
───孤独だった。
そんな私にとって唯一の楽しみだったのは、外に出られる儀式の日。
巫様、という声を聞くたびに優越感に浸れるから。
───それだけが私の生き甲斐で。
《穢れた者》を海へ突き落とし、穢れを払う儀式も二回経験したが、別に罪悪感は感じなかった。
───穢れているのだから、消えて当然。
『神聖な者』であるところの私は世界の穢れを払うのが役目だ。
その生け贄になれるのだ、《穢れた者》達にとってこれ以上ないほどの慈悲だろう。
消えゆく運命の者に慈悲を与え、世界を清める。
私は他の誰にもできない素晴らしいことをしているのだ、という考えが芽吹き、孤独を感じなくなった。
───私は、巫なのだから。
特別な人間だから、特別なことをしているだけだ。
与えられた使命を果たしているだけなのだ。
───ああ、何と素晴らしい。
私───第三十九代目の巫であるエリスは、陶然とした微笑を浮かべ、両手で己の胸元を飾る宝石を包み込んだ。
***
意識が『エリス』から自分自身に引き戻され、ステラは荒い息をついた。
視る、というより追体験に近いこれは、負担が凄まじい。
呼吸を無理矢理に整え、前を向く。
───次の瞬間、意識が別の誰かに切り替わった。
***
──孤独の恐怖に追い詰められる『記憶』を体験した。
***
──狂気に落ち、もがき苦しんでついには自ら命を絶った『記憶』を体験した。
***
ありとあらゆる、『記憶』を体験した───
***
───過去の誰かの狂気に引きずられぬよう、ステラは必死に深呼吸した。
引きずられたら、引きずられてしまったら、おそらくもう『ステラ』には戻ってこれない。
確信があった。───確信してしまうほどに、人々の過去は辛かった。
「───て」
ステラは自分の唇から、掠れた声が零れるのを聞いた。
「たすけて。……助けて」
抑えられなかった震え声が、人々の哀歌と重なる。
座り込み、呪詛のようにも聞こえる人々の声が響く中で、ステラはヴァンスを思い浮かべた。
───じんわりと、何もなっていないはずの右手に温もりを感じる。
温もりに力をもらい、ステラは立ち上がって目を閉じた。
まだ、視ていない過去があるのだ。
瞼を持ち上げたときには、ステラの瞳に弱々しさは残っていなかった。
───宝石に残された記憶を視る覚悟を宿し、ステラは一歩足を踏み出した。
エリスは自分の力に陶酔しています。
他者を『魅了』する能力のはずなのに、自分自身さえも力に囚われてしまう。
───だから、これは『哀』れみの『歌』なのです。
ありがとうございました(*^-^*)