4.哀歌 ~第1楽章~
本日二度目の更新です。
まだ『3.事実と挑戦』をお読みになっていない方は、先にそちらをどうぞ(*^-^*)
───音が、聞こえる。
否、それは声だ。
多くの声が重なり合い、絶え間なく響いているから、音楽に聞こえた。
暗闇を漂うステラは止まない声たちに、肩を震わせる。
だって。
───あまりにも、哀しい声だから。
多くの、人生をねじ曲げられた者達の叫び。
胸の奥がかき乱され、耳を塞ぎたい衝動にかられた。
耳を塞ぐわけにはいかない。過去を知るためには、目を見開き耳を澄まして、僅かなことですら見逃さないようにしなければならないから。
ああ、でも。
なんと哀しい声。なんと哀しい、歌か。
───ひとりの嫉妬の鎖に囚われ、多くのことを知らないまま閉じた世界で生きてきた人々の哀歌を聴きながら、ステラは過去を視た。
***
───私の家は貧しかった。
夜は隙間から風が入り込み、家族三人ぴったりとくっ付いて眠っていた。
食べ物を買うお金なんてほとんどなくて、そこらに生えてるような草を煮て食べる暮らし。
草のスープは美味しいとは言えなかったし、楽ではなかったけれど、幼心に両親とともにいられるだけで十分だと思っていた。
でもそれは、五つになったばかりの私の体には過酷な生活で。
ある寒い夜、私は風邪を引いた。
なんてことない風邪でも、ろくにものを食べられない暮らしでは命に関わる。
熱に浮かされ、朦朧とした意識の中で、私はぼんやりと両親の声を聞いた。
「…このままじゃ……どうにかして……」
「でも…お金は……」
そこで意識は途切れ、次に気が付いたときには体を起こされ、何やら苦い液体を飲まされていた。
苦い液体───薬湯を飲んだ私は徐々に回復し、起き上がれるようになった。
当時は知らなかったことだが、両親は借金をしてまで私のために薬草を買ってくれていた。
───ただでさえお金がないのに借金などしたら、薄氷の上の暮らしなんて崩れる。それが分かっていて、両親は私を助けようとしてくれたのだ。
両親の思いに気付けなかった幼い私は、外に出れるようになってすぐ、ひとりの騎士に出会った。
騎士は私の容姿───白い髪と赤の瞳に目をとめると、家に案内するよう言った。
「貴女は力をお持ちですか?」
両親の目の前で、騎士は私に質問した。私は戸惑いつつも、曖昧に頷いた。───これが、全ての始まりだった。
「───彼女が巫になれば、あなた方には多額のお金が支払われる。……どう、しますか?」
どうする、と聞いておきながら、断る選択肢などどこにもなかった。
巫として娘を差し出すことを拒否すれば、反逆者と呼ばれ、まともな扱いを受けられなくなる。
両親は苦渋の末に、私を聖堂に連れて行き、お金を得る道を選んだ。
嫌だと、一緒にいたいと私は両親にすがりついて泣き喚いた。離れたくなかった。離されたくなかった。けれど、両親の手は私を引き離した。
考えたくなかった。
両親にとって、私よりもお金のほうが大事だなんて。
───今なら、分かる。
両親は私のためを思って、そうしてくれたのだと。
このままでは辛く苦しい生活しかできないが、巫になれば良い暮らしができるだろうと考えての決断だったのだと。
両親の決断が良かったのかは、分からない。
───だが、両親の思いまでも間違いだとは言いたくなかった。
ともかく、五歳の私には「捨てられた」としか思えず、割り当てられた聖堂の一室で泣き続けた。
やがて、どうしようもないのだと諦めの感情に支配された私は、巫になるための勉強を始め───二年後に引き継ぎ式を行った。
耳に入るのは、神の使いとして私───否、巫を崇める人々の声。
私の力に期待なんてしないで。
私を巫なんて名で呼ばないで。
───私を、私として扱って。
当たり前のことが当たり前じゃなくて、悩みを話せる友人が欲しくても、皆巫としてでしか見てくれない。
巫であることだけが、私の存在理由で。
巫でなくなればもう私は見て貰えない。
──巫だという意識が、苦痛だった。
──巫だという意識だけが、支えだった。
その意識を支える地盤は、幼いころの嘘だというのに。
虚無感が、だんだんと広がっていく。
嘘でこの場所に立つ私には、何もないのだ。
───誰か。誰か、助けて欲しい。
矛盾に苦しめられて、助けを求めて。
壊れてしまいそうなほどの感情を、ヴェールの裏に隠して。
私───第四十代目の巫であるシエルは、巫の象徴とされる真紅の宝石をきつく、握りしめた。
***
───宝石に込められたシエルの過去を視て、ステラは吐息を零した。
周囲は暗闇のまま。───まだ、知りたいことを知れていない。
ステラは座りこみそうになる足を叱咤し、次の過去に意識を集中させる。
人々の紡ぐ哀歌は、続く。
───続いていた。